2009-09-01から1ヶ月間の記事一覧

コミュニティがあって、それが紛争で駄目になるのではなく、紛争処理のスタイルが、コミュニティとして生きられる*1。 直接的な利害対立というより、「処理スタイルの違い」が、対立の火種になる。 大昔にはバラバラだった紛争処理が、司法システムで一元化…

大人とは、必要な仕事を自分で決められること。 「やりたいこと」「どうやったら愛されるか」ではなく。 難しいのは、それが自分には(人間には)できないとき。 射程圏内にある「必要なこと」を自分で見つけられれば。 「人生は、次の二つで出来ている。や…

当事者論の貧困は、妄想的糾弾主義を生む。

カテゴリー当事者*1を擁護する人の間違いを指摘すると、自動的に「カテゴリーに敵対している」とされてしまう。 彼らは、「○○の味方」を標榜するだけで正義と思い込んでいるから、とにかく批判しただけで「○○の敵」にされてしまう。 「私たちは○○の味方をし…

脱洗脳とパターナリズム (メモ)

私たちの意識は、その都度プロセスとして営まれている*1。 そのプロセスは、硬直して一定のスタイルを続けている(気づかれていないが)。 制度分析は、メタ・コンテンツの正しさに屈服させるのではなく、プロセスの態勢を変える臨床運動といえる*2。 それは…

社会参加臨床 メモ

カテゴリー当事者ではなくて、プロセス当事者をしなければならない。 カテゴリー当事者という方法は、人権運動や女性運動で取り組まれてきた。 しかしそれだけでは、そもそもカテゴリーで人を分けることそのものの弊害を論じられない*1。 カテゴリーではなく…

「社会全体を、改善された学校や病院のように」

イヴァン・イリイチの「脱学校化・脱病院化」という主張が知られている: 「社会が、学校や病院のようにヒエラルキックに管理された場所になってはいけない」。 しかし、むしろ逆ではないか。 学校や病院であれば理不尽に管理されてよいのではなく、学校や病…

説得、権力、環境管理

説得に成功した時にしか効果が現れない臨床活動がある。 するとこの活動は、「作品づくり」や政治説得に近づく。 ある精神病院のデイケアサロンでは、患者さんが料理をつくる。 このとき、患者さんに指図するのではなく、「誰が作ってもおいしく作れる調理器…

専門教育が、「処理力」と「編集力」の構成を変えるべき。

もと和田中学校長の藤原和博氏と、10月の神戸市長選に立候補予定の樫野孝人氏の合同講演会を聴きに行った(参照)。 樫野氏はリクルート時代の藤原氏の後輩で、選挙に向けてタッグを組むとのこと。 藤原氏が板書した以下の表で、さいきん考えていたことを…

Social Work とカタカナ言葉

精神保健福祉士(Psychiatric Social Worker)や社会福祉士(Social Worker)には、厚生労働省のカリキュラムに従った資格取得の教科書がある(参照)。 これを開くと、どのページもカタカナ言葉で埋まっている。 「ソーシャルワーク」「コミュニティケア」…

形式的正義への嗜癖と、リアルタイムの social work

「政治的正しさ(Political Correctness)」で正当性を確保する味をしめた人たちは、そのスタイルを手放さない。 覚醒剤なら糾弾されるが、「反差別」「マイノリティ擁護」などは、いかにも正しく見えるから。 しかし「正当性」は、social work 的にそのつど…

自由と嗜癖

「自由にさせる」ことが、かえって本人から自由を奪うことがある。 再帰性という主体の自己拘束については、そういう厄介さがある。 「自由を奪われてもいいではないか、それも本人の自由だ」というかもしれないが、それが本人の思い通りとばかりも言えず、か…

8月15日放送「青春リアル」を見て

もとになった掲示板のやりとり: 「“部屋の雨戸”を一緒に開けてください」(書き込みは900件以上ある) 番組は、15年間ひきこもった29歳の男性「キャベツ」を、18歳の女性「早貴」が批判するいきさつからまとめられていました*1。 あの放送を素材に…