国会は憲法に違反する法律を作ることはできません(憲法98条1項)。
「法の支配」にいう「法」とは単なる法律の謂いではなく、「最高法規としての憲法」という意味に解さなければならないからです。(p.177)
というわけで「法の支配」とは憲法のことであり、
明治憲法(大日本帝国憲法)と日本国憲法の違いのほか
英米独仏の歴史的経緯など勉強になるのですが、
次のような箇所に行きあたってズッコケました。
政府が長年にわたって遵守してきた「集団的自衛権は憲法9条に反して違憲である」との解釈をまるで冷戦時代であるかのような時代錯誤のイデオロギーにとらわれて、解釈改憲によってこれを変更する法案を国会に出し、与党の単独採決でごり押しすることなどは、「法の支配」の原理に反し許されないのです。(p.182)
日本の安全保障を具体的に吟味するよりも「とにかく憲法で権力を縛らなければならない」が先に来ており、これでは「憲法への宗教的信仰を押し付けている」のそしりを逃れられんでしょうね。
著者自身が「政治の領域」と「法の支配の領域」を分ける話をしているんですが(pp.215-216)、何を政治の領域と見做し何を法の支配の領域と見做すのか、その線引きと領域設定そのものが優れて《政治的》と言えるでしょう。単なる憲法信仰論しかできない学者には、そこが見えないわけですね。
本書出版は2016年2月ですが、そこからの10年で状況は大きく変わった。とりわけ司法による政治的判決(としか見えないもの)への不信が強烈になっている(政治演説への妨害を認めた判決のほか、外国人への不起訴の連発など)。政治と司法の峻別どころか、司法制度そのものが政治の武器として使われる状況にあるわけです。「憲法を信仰していればOK」という状況ではもはや全くない。
