超自我を受け入れるスタイル(制度順応のありかた)

制度論の研究を続けていて、理解と興味が飛躍した瞬間が何度かありました。
その一つが、以下の箇所を解読したときです。


ここは、《制度に順応する》ということが、反抗的なイデオロギーによってというより、症候的な反応によってできなくなっている状態を主題にし、そもそも《順応する》という事態そのものを変質させることを論じています。


「psychothérapie institutionnelle」を考える上で、一つの決定的ポイントであることは間違いないと思うので、精読しました。
なお、私の解読が間違っている可能性も考慮し、先達の邦訳ふたつだけでなく、原文と、それを私がどう解読したかの実態も詳細に記しました。誤りや、皆さんなりの解釈があったら、ぜひ教えていただけませんか。
よろしくお願いします。



既存邦訳と、グァタリの原文

杉村昌昭氏による邦訳『精神分析と横断性―制度分析の試み (叢書・ウニベルシタス)』p.124:

 制度的治療法 の目標は、まさしく、超自我の「受容」の与件を一種の新しい「秘儀伝授的」な受容に変換し――つまり他のいっさいを排除したある去勢的な手続きのあてどのない社会的要請無意味なものと化し――、そうすることによってこの「受容」の与件に手直しをくわえるにいたることではあるまいか。



同箇所が、三脇康生氏に訳しなおされたもの*1

 制度改編主義精神療法 の目的は、超自我を「受け入れる」条件を手直しして*2「制度に入るための」一種の新たな受け入れになるようにその条件を変え、ある種の去勢手続きという最も盲目的な社会的必要性から、その意味をはく奪するというものではないか。


原文『Psychanalyse et transversalité : Essai d'analyse institutionnelle』p.75 より:

 L'objet de la thérapeutique institutionnelle n'est-il pas justement de

  • se proposer d'aboutir à un remaniement des données d' « accueil » du surmoi
    • en les transmuant en une sorte de nouvel accueil « initiatique » vidant de son sens l'exigence sociale aveugle d'une certaine procédure castrative à l'exclusion de toute autre ?
    • objet (名男) 物、目的、テーマ、対象
    • thérapeutique (名女) 治療法
    • se proposer de+不定 〜するつもりである
    • aboutir à 〜に至る
    • remaniement (名男) 手直し、改訂、再編、再配置  / remanier (他動)再設計、手を加える、
    • donnée (名男) 基本データ、資料、既知事項  / (名女)〔哲学〕 所与、与件
    • accueil (名男) もてなし、対応、受け取り方、受け付け、歓迎、出迎え
    • surmoi (名男) 超自我
    • transmuant ← (他動) transmuer 変質させる、変換する
    • initiatique (形)入会させるための、通過儀礼の、入門的な、
    • vidant ← (他動) vider 〔容器・場所を〕空にする、あける / 《vider A de B》 AからBを取り除く  vider son esprit de toute pensée 全ての想念を追い払って頭をからっぽにする
    • exigence (名女) 要求・要請、気難しさ、要求の多さ
    • aveugle (形)盲目の、無分別な、絶対的な、
    • procédure (名女)手続き、手順
    • castrative (他動) castrer 去勢する castration (名女) 去勢
    • exclusion (名女) 除名、退学、追放 《à l’exclusion de qch/qn 〜を除いて》 




入り組んだ文章の考察

  • 「se proposer d'aboutir à un remaniement des données d' « accueil » du surmoi」は、《超自我の「受け取り方」の与件の、再編にいたる意図がある》。
  • 「en+現在分詞」はジェロンディフで、意味は (1)同時性、(2)方法、(3)条件、(4)対立。 ここでは「方法」だろう。
  • 「en les transmuant」の les は直接目的語だが*3、「les donées」だろうか*4。 すると、《与件を〜に変質させることで》。
  • transmuant の直後の青太字「en」は、様態変化の前置詞「〜に」だから、ここは 《一種の新たな通過儀礼的もてなし変質させることで》。
  • すると、vider*5 の現在分詞「vidant」は、ジェロンディフではあり得ず、分詞節だ。 直前の「une sorte de nouvel accueil initiatique(一種の新しい通過儀礼的もてなし)」を修飾するから、 《去勢手続きという分別なき社会的要請を無化する、一種の新たな通過儀礼的もてなし》。




ということで、説明的な試訳

以上の文法的構造を踏まえた上で、意訳してみます*6

 制度論的な精神療法の目的は、超自我を受け入れるあり方の、与えられた状況を、再編することではないだろうか。それは、与えられた状況を「制度に入るための」新しいもてなしに変質させることで達成される。
 その新しい、相互的な《もてなし=受け取り方》は、一般の通過儀礼とは逆に、去勢手続きという理不尽な社会的要請を骨抜きにする。
 超自我受容のあり方がそのつど手直しされなければ、去勢手続きの無分別で絶対的な要請は、規格に合わない一切を排除してしまう。)

ここでいう「もてなし」は、単なる笑顔での歓待ではなく、制度分析という労苦だと思う*7
いわば相互的な、「分析をともなう参加」(参照)。
あるいはグァタリなら、分裂的な解体と、その解体ゆえに可能になる再構成=分節の生成(schizo-analyse)。
一度バラバラになって途方に暮れなければ(ある種の還元)、横断線を引くような分節生成にならない。 すでに存在する規範に則るだけの、抑圧的な順応主義に終始してしまう。 これでは息をするための組織改編が許されず、超自我受容の与件が固着する。手前勝手な業績主義のナルシシズムが跋扈し、「無分別な社会的要請」は放置される。





【参考】 文法書より

現代フランス広文典』p.297 より:

  • ジェロンディフと分詞節の違い
    • (1)手段・方法はジェロンディフで表せるが分詞節では表せない。
    • (2)原因・理由を表すには、ジェロンディフよりも分詞節の方が適している。 とくに avor, être, pouvoir のジェロンディフは不可。 また日常語では comme, parce que, puisque, pour, à cause de, grâce à などを用いるのがふつうである : Etant très occupé (=Comme j’étais très occupé), je ne suis pas venu. 「ひじょうに多忙だったので私は来なかった」
  • ジェンロンディフが連続するときには en を反復する : On acquiert la science en écoutant, en lisant, en étudiant, en voyageant. 「聞き、読み、勉強し、旅行することによって知識が得られる」



フランス語を読むために―80のキーポイント』p.88 より:

 分詞は動詞を形容詞化し、主語にかかって分詞構文になったり、先行する名詞にかかって関係詞節の働きをしたりする。また、感覚動詞の直接目的語にかかって属詞にもなる。一方、ジェロンディフは動詞を副詞化し、種々の状況補語節をつくる(同時性,対立,条件,手段,仕方,様態など)。 なお、分詞構文は、手段・様態を表わさない。



※本エントリー内の強調は、いずれも引用者。



*1:三脇康生精神科医ジャン・ウリの仕事――制度分析とは何か」、岩波書店 『思想』 2007年 第6号 No.998(p.54)掲載

*2:制度論的な精神療法を、「超自我の(アドホックな)改編」から理解する三脇氏の議論については、こちらを参照。

*3:「それを変質させることで」

*4:「des données」←「de+les données」

*5: 〔容器・場所を〕空にする、あける / 《vider A de B》 AからBを取り除く

*6:エントリー翌日、少し書きなおしました。

*7:カテゴリーで区切られたマイノリティを単に歓待するだけなら、差別主義と同居してしまう。ここには、「100%の正義」という傲慢な超自我はあるが、関係や主観性を組み直す臨床趣旨は徹底的に排除される。