精神の運動失調

ジャン・ウリの講演「構造分析とメタ心理学(Analyse structurale et métapsychologie)」(PDF、2009年)より拙訳:

 Ou alors, comme le disait Erwin Stransky , un rival de Bleuler...
 あるいはそうですね、ブロイラーのライバル、エルヴィン・ストランスキーが言うように・・・
 Au congrès de 1950, j'ai entendu le vieux Stransky.
 1950年の会議で私は、老いたストランスキーの話を聞きました。
 C'était pénible car il pleurait presque:
 彼はほとんど泣いていたので、辛いものでした。
 "Pourquoi on a choisi la Spaltung de Bleuler alors que j'avais proposé l'ataxie intrapsychique ?".
 「私は《精神内運動失調》を提案したのに、どうしてブロイラーの《分裂》を選んだんだ?」
 L'ataxie intrapsychique ce n'est pas si mal!
 「精神内運動失調」、これはそう悪くない!



こちらなどを参照し、「ataxie intrapsychique」を 《精神内運動失調》 と訳してみたのですが*1、すごく魅力的な命名に思えます。 ただ、「運動失調」とのみ言ってしまうと、うつ病との違いはうまく名指せないか・・・


斎藤環さんは社会的ひきこもりについて、「自由の障碍」という表現をされたことがありますが(参照)、そこで起こっている運動失調は、統合失調症とは違うメカニズムのはず。私が制度論を参照しつつ、「メタ言説への嗜癖」を問題にするのも、運動失調の問題です。



8月2日夜 【追記】

精神科医である @schizoophrenie さんより、「ataxie intrapsychique」について、
勉強になるコメントをいただきました。 ありがとうございます。

「P. Chaslin」とあるのは、フィリップ・シャスラン(Philippe Chaslin、1857〜1923年)ですね。
「discordance」をふつうの仏和辞書で引くと、

  • (名)(女) 不一致、不調和
    • 〔例〕 discordance des caractères 性格の不一致



《ataxie intrapsychique =心内失調》・・・。
私は「ataxie」という語に「運動が失われている」というニュアンスを期待したのですが、精神医学の文脈では、やはり「バラバラ」という意味を負わされているのですね。

ただこのジャン・ウリの講演録では、患者さんの主観化にあたっての「リズム」が強調されていますので*2、ここで「ataxie intrapsychique」の語をわざわざ持ち出したことには、《運動》という含みがあると考えたほうが、自然にも思います。

私はまだウリ本人のフランス語を読み始めたばかりですが*3、臨床家としてのウリの主張には、「患者さんの主観性や周囲との関係性、あるいは臨床の場が、固まってしまってはいけない」という趣旨を、強く感じます。



8月3日朝、さらに追記

精神病理と症候学について、追加情報が。ありがたいです。




*1:決まった訳語はあるのでしょうか。 cf.「Erwin Stransky and intrapsychic ataxy

*2:「Institution研究会」に参加し、ほかの皆さんと分担して訳しました(参照)。

*3:邦訳された単行本は一冊もありません。インタビューや日本での講演録がわずかに邦訳されています。 『精神の管理社会をどう超えるか?―制度論的精神療法の現場から』『医療環境を変える―「制度を使った精神療法」の実践と思想』など。