筒井淳也『制度と再帰性の社会学 (リベラ・シリーズ (8))』より

強調は引用者。

 筆者は「社会学ってそもそも何なのですか?」と聞いてくるとりあえず学生にこう教えている。 「社会学は制度の実態・成り立ち・影響について調べる学問だ」と。 もちろんこう応えても学生はすぐには理解できないだろうが、数年間社会学の講義を行ってきて、少なくとも1時間をかけて「制度」について話せば、たいていの学生には現在の社会学の全体のイメージが伝わるまでになった。 経済階層、ジェンダー、家族を含めた社会学の代表的なトピックを統一的に説明する際に、筆者は制度という言葉以上に便利な言葉を知らない。(p.14)

 新聞のなかで制度という言葉が比較的ひんぱんに使われる文脈は、主に次のようなものである。 「司法制度」「社会保障制度」「医療制度」「会計制度」「休暇制度」「助成制度」など、あるいは「○○制度創設」「○○制度改革」「○○制度廃止」なども多い。 まずこれらから分かることは、制度とは公式的な決まり事=ルールのもとで成り立っている仕組みである、ということである。 (略)
 もう一つ、新聞紙上の「制度」ということばを眺めていて気づくことがある。 それは、制度が「市場」の周りを巡っているように思えることである。 小難しく言えば、市場に任せておけないと人々が考えるところに制度がある(市場を補完するために制度がある)、といえる。 実はこれは経済学が採用している定義である。 (p.23-4)

 前章までで説明してきたのは、主に公式的な制度であった。 制度を市場の補完物としてとらえる以上、これは自然なことである。 では非公式的な制度はどうだろうか。 そもそも非公式的な制度というものがあるのだろうか。
 先に断わっておくと、少なくとも日本語の「制度」という言葉に関しては、非公式的な制度という表現は少々なじみが悪いように思える。 これに対して英語の「institution」は、非公式的なルールや習慣・慣例といった意味を含んでいる。 この本は日本語で書いているのでやはり少し違和感はあるだろうが、ここでは institution の訳語として制度という言葉を使うことにする。 その方がいろんなことを説明する際に便利だからである。
 新制度学派経済学は制度を「公式・非公式のルール」として考えている。 しかし非公式的な制度の意味を考える場合、もう少し定義を緩やかにしてもよいだろう。 たとえば「言語」を非公式の制度として考えると様々なことが説明できる。 公式的な制度はその効力を根本的には強制装置から得ているといえるが、占領下の土地などといった特殊な条件をのぞけば、言語はそういった強制装置を伴っていない。 別に日本の土地でかたくなに英語を話しても、法律で罰せられることはない。 それでも人々は「周囲と同じ言語」を使う。 なぜだろうか? (p.56)

 市場からはじめて制度を説明する経済学的モデルと、そもそも制度から出発して市場や組織を論じようとする社会学的モデルの二つの制度論 (後略) (p.73)


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