「愛情なのか、エゴなのか」

僕は当ブログで繰り返し「年齢差別はひきこもり当事者を苦しめている」という話をしていて、これは「就労」に関する話だったわけだが、「性愛」についても、「年齢差別反対」を愚直に主張すべきだろうか。 「年齢」というスペックは、愛情にとって決定的か。


高齢者が恋愛市場から排除されるのは、「仕方のないこと」か。
若い相手を好きになるときに味わう後ろめたさは、「必要のない自責の念」と言えるか。(後ろめたい気持ちを味わうということは、好きになりきれていないということか。)


id:Ririka さんから以前受けた指摘

 エゴと愛って峻別できますか?というか分けたいですか? 分ける場合、「本当の愛」ってなんなのかなぁ?

僕は、自分のエゴでしかない執着を「愛」と呼ぶ卑怯さを警戒して悩んでいるわけだけど、id:Ririka さんはむしろ「愛に見えるものだってエゴでしょう?」と割り切っているわけか…。
でも、単に利用しているだけの関係と、そうではない関係に違いはあるように思うし。


わからん…




さっき、「否定形からは何も生まれない」と言ったように、「エゴかどうかがどうでもよくなるほど大切な鉱脈(相手)を見つける」ことが大事なのかもしれない。
って、もちろん基本的に振られるわけですが。