ジャン・ウリの概念「分離された転移」(transfert dissocié)についてのメモ

Wikipedia: transfert」(転移)より:*1

 Jean Oury propose cette notion à partir de celle de "transfert multiréférentiel" (Tosquelles) pour illustrer le fait que la personne psychotique ne peut "transférer" sur un seul psychanalyste (comme cela se passe dans une cure type) mais plutôt sur l'ensemble des différentes figures d'une institution (psychiatres, psychologues, infirmiers, autres patients).

拙訳:

 ジャン・ウリはこの概念を、トスケイエス「多志向的な転移 transfert multiréférentiel」という概念をもとに提案するが、これは精神病者が、(一つの治療方針にあるものとしての)ひとりの精神分析家だけには「転移」できず、むしろ、制度のいろいろな相貌の総体(精神科医、心理学者、看護士、他の患者たち)に対して転移する事実を示すためである。

人だけでなく、場所、物、建物、動物、雰囲気、風景、音、文字、それに制度そのものなど、あらゆる要因がまざりあい、受動的とも能動的とも言い切れない気遣いの対象になるはず。 ここでウリが使った「dissocié(分離)」の語は、ブロイラー統合失調症論にある「Spaltung(分裂)」に対応している。



ジャン・ウリの講演「構造分析とメタ心理学(Analyse structurale et métapsychologie)」(PDF、2009年)より

部分的に拙訳:

 Tout est dissocié: la Spaltung de Bleuler.
 すべては分離されています。ブロイラーの「Spaltung(分裂)」です。
 On ne peut pas traduire par "clivages"... La Spaltung, c'est dispersé.
 「clivages(裂け目)」と訳すことはできません。 「Spaltung」は、散らされています。
 On pourrait presque dire "la dispersion".
 ほとんど「散乱」と言うこともできる。




医療環境を変える―「制度を使った精神療法」の実践と思想』pp.299-300、合田正人氏の記述より:

 激しい憎悪と同様、きわめて良好とみえる二者関係もほとんどつねにクライン派にいう「投影的同一化」を伴っており、「投影的同一化」はそれ自体が「転移」であり、「転移」はこれまたつねに「逆転移」である。トスケイエスは、転移と逆転移が閉じられた循環のなかで固定化されていくことを何とか阻止しようと努めている。一方では、この循環を 3+n 人の錯綜した連関へと拡散させ、他方では、(略) 2を形成するところの1の単一性それ自体を不安定な複数性としてとらえ返すことで、後にウリは、このように転移を開かれた交通のうちに置くことで、それが特定の人物への固着と化すのを阻止することを、「分離性転移(transfert dissocié)」という逆説的な言い回しで表現することになる。のみならず、グァタリ(=ドゥルーズ)もまた、一方では 4+n 人を語って家族主義を批判し、他方では「わたし」自身を「ミクロ集団」としてとらえることで、トスケイエス、ウリの開いた道を歩み、転移を「トランスヴェルサリテ」に転じようとしている。グァタリはまた、「人間と動物との識別不能なゾーン」に目を向けることで、「動物になること」をも開かれた転移と解する可能性をみずから開きもしたのだった。


  • 転移を人称的に語りすぎるのはすごくしんどい。
  • 動きをもたらすことを最初から目的にしているとかえって動きが起きないという、矛盾というかジレンマもある。 たとえば、徹底的に見事な「“永遠の真理”=静止画像」が、こちらを活性化させることもある。


【追記】:不思議のメモ帳」より:

 「dissociation」という語もフランスではほとんど統合失調症について用いられる語でして、「association 連合」が不完全な状態、つまり日本の普通の精神医学用語では「連合弛緩」(または感情と思考内容の分裂)を指します。ところがこの語はふつう英語論文を訳す際などには「解離」と訳されているので、




*1:以下、このエントリ内の引用部分での強調は、すべて引用者による。