統制的理念としての

    • 「社会からの自由」と、「社会への自由」

論点ひきこもり』サイトスタッフの井出草平さんと企画案を練っていて思いついた。
降りる自由と、参加する自由」のことだが、ウェーバーの言葉だという≪「価値からの自由」と、「価値への自由」≫から。
理想:「閉じこもっていても構わない、そして再度参加しようと思えばいつでもアクセス・チャンネルはある。」 ▼柄谷行人氏などが言っていた、カントで言う「統制的理念」――実現不可能だが、それを理念として掲げなければいつまでたっても現状を変えてゆけない――として、スローガン的に掲げる意義はあるかもしれない。

【追記】

あるかたから、『ised@glocom(情報社会の倫理と設計についての学際的研究)』のキーワードにある、積極的自由/消極的自由を教えていただきました。ありがとうございます。▼すでに「自由」に関する政治哲学の中に、「ひきこもり」に関連する考察が含まれていたんですね。今後の重大な参照項目です。▼この概念を提唱したアイザイア・バーリンについてのページから、引用:

「人間を他の自然物と区別するのは理性的思考でも自然に対する支配でもなくて、選択し実験する自由である」