性愛

「恋に恋する」状態(相手を“探す”) → 具体的に誰かに“出会う” → 相手のためになるだろうか、自分は相手との関係を支えてゆく試練にチャレンジすべきだろうか → 「自分にはムリだ」 「そこまでの執着心は持てない」 なのか、「何があってもこの人との関係に執着する」 「そのためならどんな努力も惜しまない」 のか。 むしろ、「相手のことを考えるがゆえに撤退する」のか。


恋愛は、チャンスがまったくないし、出会えたと思ったらつらいことばかり(相手にも迷惑をかける)。 自分には才能がないということか。 そもそも年を取りすぎた(いまさら愛着関係を作ってもすぐに死別の悲しみを与えるだけ)。 稼ぎも作れないし、「相手を幸せにする」という最低限の成果すら出せそうにない。 → 具体的な誰かへの興味を失うとともに、「恋愛」というイベントや「結婚」という関係維持そのものへの興味を失ってゆく → 生きる張り合いの喪失。
性愛という要因は、性欲に苦しんだり、承認の欠如に苦しんだり、あるいは「相手がいて一人前」という世間体に苦しめられたり、と、自分を責めさいなむ要因でしかない。 いずれ承認される希望はなく、相手を得たとしてもそこにすら希望はないのだから、性愛という要因そのものから解放されたい。 解放されるには、死しかないのではないか。