ある採用試験で、これまでの努力をプレゼンしたが、むしろマイナス評価となった。
「活動家」というレッテルを貼られたらしい。
単なる優等生では排除されるし*1、問題意識を持っても排除される。 その上で凌がなければ。
政治をこそサボってはいけない。 「やってもいいのかな」ではなくて。
いま蔓延している逸脱は、努力方針そのものと関わる*2。 違う方針を主張するとは、政治そのもの。
「お前らの意見を通してしまったら、こっちの生活が成り立たない」*3
問題の実態より、プライドと生活が優先される ⇒ 「既得権者にはどういう都合があるか」に合わせなければいけない。合わせているうちに、「問題に取り組んでいる」というアリバイだけになってしまう。そういうものに限って予算がつく*4。
ついた予算の額が、正当性の度合いになってしまう。
生活費を稼いでいれば、有害な業務でも「仕事をした」と見なされる。
問題提起は、支持者以外にとってはシゴトではない。
「働かなければ」ではなく、問題の立て方を変える事業が要る。
このレベルでは、「働かなくていい」とは言えない。
泣き寝入りすれば、破綻しかない。