死因特定の誤診率について

海堂尊死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)』より:

 日本警察の「死体検索」システムの土台は、いまだに体表観察の「検視」だ。最先端の医療機器で高度な診断を行う時代に、「死体検索」は昭和24年に死体解剖保存法が制定されて以来、全く進歩せずに今日に至っている。体表観察で犯罪関連死体かどうか判断する、それが科学警察を標榜する現代の警察の初動捜査なのだ。
 検視と画像診断の併用事例を比較すると、検視のみによる死亡時診断と、その後に行われた画像診断による確定診断では、20人中4人に診断の食い違いがあった、という報告もある。 検視単独では、誤診率は実に20%。 この比率を年間100万人の死者に当てはめれば、死亡時に誤診される人数は年間実に20万人にものぼる。
 既存のシステムの擁護者は「体表から調べて怪しければ、解剖するから間違いない」と言う。 しかし解剖実施率は2%台で、年間3万体前後。 2005年度の死者101万人のうち変死者数は約15万体(交通事故関係を除く)。 司法解剖行政解剖という変死者用の解剖で対応できたのは1万3570体。 解剖が必須の死体に対してすら解剖率9%である。 (pp.34-5)

 福井等*1は、解剖症例2787例について解析しているが、そこには衝撃的な数字が記載されている。
 「臨床診断」と解剖施行後の「病理診断」の一致率は88.3%だ、というのだ。 この場合「臨床診断」とは、検案のみで行う診断で、主病名ならびに直接死因である。 その症例に解剖施行した場合、12%の症例で診断が変わった、というのである。
 つまり解剖を行わなければ、死亡時臨床診断は一割以上は誤診しているのである。
 注目点は、この「臨床診断」は、病院で緻密に経過観察をしていた症例が大半だ、という点だ。 高度な医療情報を有する症例さえ、解剖なしでは12%の誤診率を含むのだ。 解剖なしの臨床診断の誤診率は12%。 この数字を記憶にとどめておいてほしい。
 ちなみに欧米の論文にはもっと衝撃的なデータがあり、解剖を行うと生前診断には30%以上のエラーがある、という論文も発表されている*2。 (pp.44-5)

ずっと入院していて亡くなった事例ですら、解剖しなければ、死因の誤診率が12%・・・。
死亡状況が孤立していると発見が遅れますが、腐敗や白骨化は急速に進むようなので*3、誤診率が高まるように思います。



*1:福井次夫、前川宗隆、ほか。 内科臨床研修における剖検の有用性 「『剖検所見の内科臨床研修へのフィードバックに関する調査』報告」 日本内科学会雑誌【Vol.85,No.12(1996)pp.2096-2105】(リンク先に、論文の詳細な情報と、全文のPDFファイルがあります)

*2:Alain Combes, et al. “Clinical and autopsy diagnoses in the intensive care unit: a prospective study.”(Arch Intern Med. 2004; 164: 389-92)より: 「Major diagnostic errors were made in 53 (31.7%) of 167 patients...」

*3:参照:「死体現象(※遺体のカラー画像があるので注意)