変死体 と 異状死体 メモ

異状死・自殺統計に関する疑問」の続きとして。
言葉づかいが本当にわかりにくいですが、記事や資料を読むときのために。*1



「検視」と、「検死」「検案」

 この3つの用語は似ている。 概念的には死体を体表から観察して異状の有無を調べるものである。 「検視」は、警察官が行う。 「検死」と「検案」は医師が行うもので、ほぼ同義の言葉である。 ただし、法律上は「検案」という言葉が使われることが多い (略) つまり、病院でさして問題もなく死んだ場合と、事件性のある死の場合で、検視(警察) と 検案(医師) のどちらがイニシアティヴをとるか、変わってくるのである。 (海堂尊死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)』p.32、強調は引用者)

 用語 おこなう人  法律上の根拠 
 検視   警察官  刑事訴訟法
 検案(=検死)   医師  医師法


法医学チャート

以下は『医学書院医学大辞典 第2版』p.121 掲載の図版より、ほぼそのまま(一部をわかりやすく改変)。

変死体は、あくまで「犯罪の疑いのあるケース」であり、異状死体の一部。
なお、「異状」であって、「異常」ではない。 【参照:《「異常」と「異状」》(NHK放送文化研究所)】



「変死者数」=「異状死数」?

海堂尊死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)』pp.35-6 より(強調は引用者)

 既存のシステムの擁護者は「体表から調べて怪しければ、解剖するから問題ない」と言う。しかし解剖実施率は2%代で、年間3万体前後。 2005年度の死者101万人のうち変死者数は約15万体(交通事故関係を除く)。 司法解剖行政解剖という変死者用の解剖で対応できたのは1万3570体。解剖が必須の死体に対してすら解剖率9%である(参照*2
 この数字を日本で唯一、行政解剖が健全に運営され、監察医制度が実際に機能している東京都23区内の数値で検証してみる。 行政解剖は、事件とは断定できないが死因不明の遺体に適用される。 法律的には、刑事訴訟法以外の法律に基づき処理される事件のために設定された解剖区分である。 先の「変死者」のデータは行政解剖司法解剖が合算されているので司法解剖者数5000人を引くと、47都道府県の行政解剖症例は約8500人。 変死者の中で行政解剖が行われる比率はわずか5.7%となる。
 一方、東京都監察医務院の平成14年の検案数は約1万体。 うち解剖者数は2500体、25%にのぼる。 日本の年間異状死数15万人にこの解剖率を適用すると、解剖必要数は4万人弱と推測できる。 この数字が本来、解剖されるべき数とすると、行政解剖症例8500体を差し引いた、年間約3万人の人が行なわれるべき解剖を行われなかったことになる。
 興味深いのは、犯罪絡みの司法解剖件数は、毎年きっちり5000体前後という点である。 日本では司法解剖が必要な犯罪は、毎年5000件しか起こっていないのだろうか?
 種明かしすれば、司法解剖年間5000体という数字は、予算が年間5000体分しかないということの裏返しである。 つまり体表観察して解剖の適否を決める検視が、予算の縛りにあわせて判断を変更している可能性がある。

この短い文章のなかでも、「変死者数」と「異状死数」が、わかりにくく混在して(というか混同されて)いる。


警察の発表する「変死体数」は、「犯罪が疑われるケース」に限っており、犯罪であることが明らかな「犯罪死体」と、犯罪と関係ないことが明らかな「非犯罪死体」は、除いているはず。 ところがいろいろの文章を読んでいると、異状死体の全体を「変死体」と呼んでいるように見えることがあります。 慣例としてそういうことがあり得るのでしょうか。 ▼自殺や病死であることが明らかなケースは相当数に上るでしょうから、「変死者数」と「異状死数」にはかなりの開きがあると思われるのですが・・・。



「変死体が、約3倍に増加」

都道府県別の変死体数」(社会実情データ図録)より:

 人が病院以外で亡くなり、明らかに病死でない場合「変死体」と呼ばれ、警察が犯罪によるものか判断している。

    • 以下の文章が、「変死体」と「異状死体」を混同していないかどうか。 もし2006年の数字が「異状死体」すべてを言っているなら、直接比較するのはおかしいが・・・

 1973年の変死体数が5.1万体とあるので、2006年の14.9万体へと約3倍に増加していることとなる。 同じ白書によれば、変死体の死因別構成比は自殺、病死、自己過失死がそれぞれ2〜3割、犯罪死は7%とある(下図参照)。


この昭和48年(1973年)の数字は、警察の発表した「変死体数」関連であり、異状死体ぜんたいのうち、「犯罪死体」と「非犯罪死体」を除いているはず。

変死体5万1186体 × 犯罪死6.8% ≒ 3481人

これは、「犯罪が疑われた異状死体(=変死体)」のうち、犯罪死であることが判明したケースの数。 よって、この年の「犯罪による死亡者数」としては、これに「明らかな犯罪死体」の数を足さねばならないはずだが、なぜかすでに以下の数字とおおよそ合致してしまう*3

犯罪による死亡者数 殺人認知件数
 昭和48年(1973年)    3459   2048
 平成19年(2007年)    1134   1199

――ということは、警察の発表する「変死体数」の時点で、すでに異状死体の全体(司法検視数+行政検視数)ということか。 ややこしい・・・・


ともあれ、この30年あまりの間に、犯罪による死亡者数は約3分の1にまで減少している
にもかかわらず、「変死体」or「異状死体」の数は、どうやら約3倍に増えている*4
これは、内因性急性死(病死)が増えたのか、それとも自殺が増えたのか。
解剖もオートプシー・イメージングもなされない現状では、実態が分からない。



Unnatural death

以下、「異状死体って何?」(山口大学医学部法医学教室)より;

 先進国の Unnatural death は、日本では変死体や異状死体に相当しますが、その間に区別はありません。
 即ち、 不自然死=変死体(刑訴法)=異状死(医師法 は unnatural death に当たります。
 検察が欧州評議会 unnatural death の定義を変死体として採用するだけで、日本の検死制度は大きく変わります。
 変死体には犯罪死体と非犯罪死体の両方が含まれることになります。

日本の行政が縦割りであることも、この問題の分かりにくさに関わっているようです。



*1:以下、太字や赤字の強調はすべて引用者による。

*2:死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)』p.35の原文では、リンク先記事の紙媒体での紙面(読売新聞2007年5月17日付)が、写真図表として掲載されています。

*3:【原注】: 「《犯罪による死亡者数》には殺人罪以外によるものも含まれ、《殺人罪の認知件数》は未遂も含まれるので、2つの数字同士の比較は意味がありません。」

*4:各種資料における「変死体数」を、「異状死体数」と理解した場合。