「関係の当事者」

支援の対象として、操作できるかのように語られる「○○当事者」。 そう名指される側も、自分をそう名指すことで自分を操作対象にし得る――ナルシシズムの対象に。
しかし、「関係の当事者」として分析的な発言を始めると、自分は「操作対象」ではなくなる。 事情の内側から為す、関与的な分節作業だから、最高度の自由(関係からの分離)でありつつ、「関係から切り離された意識」の自由になるわけではない。