『社会的ひきこもり―終わらない思春期 (PHP新書)』の「社会的ひきこもりは病気か」という章に「ひきこもりの国際比較」という節があり、さまざまな国の精神科医の引きこもり論を紹介したあと、次のように述べられています。
これらの見解をまとめると、一般に私が「社会的ひきこもり」としている事例は、「社会恐怖」ないし「回避性人格障害」のいずれかに分類されているようです。 そのような前提に立てば、たしかに治療の可能性はもっとみえてくるでしょう。 私は今回の国際比較を通じて、「社会的ひきこもり」という問題が、いかに個人病理だけでは説明できない多様性をはらんでいるかに思いいたりました。 そう、たしかに個人事例だけを取り上げるなら、それが「社会恐怖」や「回避性人格障害」であってはいけない理由はありません。 それにもかかわらず、この問題の特異な点は、こうした診断の問題だけでは語りきれないところにあるように思われるのです。*1
薬について。
ここで薬物療法についてふれておくなら、ひきこもり状態そのものに有効な向精神薬は存在しないといってよいでしょう。 (中略) 私の経験した事例でも、プロザックを飲んだことのある人は何人かいましたが、ひきこもり状態にはまったくといってよいほど無効でした。 (中略) もちろん薬効の評価は、これから時間をかけてなされるべきですが、私はさして期待はしていません。 実際にはひきこもり事例に対しては、少量の抗うつ薬や抗不安薬などを対症療法的に用いることがほとんどです。*2
*1:『社会的ひきこもり―終わらない思春期 (PHP新書)』 p.91
*2:同書 p.187