「患者に益すること」

医師のかたから頂いたメールに記されてあった診断につき、やはり医師でいらっしゃる id:hotsuma さんより、「うつ病を見逃したな。次からはちゃんと気づくように。」とのお言葉。
メール内に記されてあった事例が鬱病であるか否かはもちろん私には分からないのだが、私としては、「自殺念慮(既遂)=鬱病」という診断を下すことが、どれほどこの問題にとって本質的なのか、ということを考えてしまう。


少し前に精神科に通院していた頃、ひどい抑鬱状態とともに希死念慮に苦しんでいることを繰り返し訴える私に対し、医師のかたは安定剤や抗鬱剤を処方してくださった*1。 その量は次第に増えていったが、残念ながら精神状態が改善されたとは言いにくく、あるとき肘から手首にかけてたくさんの発疹が出て、あわてて服用をやめた。 時期は正確には言わないが、このBLOGを4月に再開して以後には、一度も通院していない。
今年9月、私はひどく精神的に参ったが、それ以後一度も抗鬱剤等を服用することなく、最近は比較的精神状態が安定し*2、それどころか「当事者発言問題や自発性の問題はちゃんと考えて文章化したい」という意欲に燃えていたりする(一時的な儚い意欲かもしれないが)。


抗鬱剤等によって状態が改善する方が大勢いらっしゃるのは周知の事実なので、薬の効果自体を全否定することはもちろんあり得ない。 しかし、「薬は万能ではない」としたら、薬効に見放された人間は、何をしたらいいのか。 「あなたは鬱病です」という診断を受け、薬を飲んでも「人生に取り組みたくはない」という人は、どうすればいいのか。
あるいは逆に、かなり深刻な精神状態にあった私が、薬の力によるのではなく、様々な要因によって短期に精神状態を改善させたとしたら、私は鬱病ではなかったはずだ(通院時にも、私は鬱病という診断は受けていない)。


自殺者数の変化は、単純に「鬱病者数の変化*3」ではないはずだし、「イジメ自殺」が必ず鬱病をともない、抗鬱剤等の投与により状態が改善するとは思えない(それよりは、「イジメ」という深刻な対人環境を改善すべきであるはず)。


あるいはメールをくださった方のところに訪れる患者さんたち――極端に逃避的で、税金を湯水のように消費する生活破綻者たち――は、「○○病」「△△人格障害」というレッテルをもらうことで、そして薬を飲むことで、少しでも「人生に取り組もう」という気になれるのだろうか。 相変わらず人生が嫌になっており、薬効にすら見放された人が「診断書」をもらったとて、気休め以外のどんな意味があるのか。
当然ながら、生活保護すら受けられない人は、社会に見捨てられ、医療にも見捨てられて*4最期を迎える。 それで自殺を完遂した人が、あとになって「あれは鬱病でしたね」と診断をもらったとして、どうなるのか?


もちろん、「鬱病」という診断書は、被雇用者が勤務先での立場を確保する上で不可欠だし、社会的ケアが整備される上でも、あるいは本人の自責の念を緩和するためにも、疾病単位の制定は絶対に必要だと思う。 しかし、自殺念慮の何%かは、既存薬効や、あり得る社会的対応の埒外にあるのではないだろうか?


斎藤環氏も、こちらのトークで「自殺は鬱病の結果」という趣旨の発言をされていたと記憶している*5。 「鬱病の原因」には生物的・社会的など様々な要因があるとして、しかし精神科医の専門的訓練においては、やはり「自殺=鬱病」ということになるのでしょうか。


私としては、id:hotsuma さんがお書きになっている次の言葉などが、とても気になります。

ヒポクラテスの時代から現在まで、医者は患者を殺すように患者自身から誘惑され続けているのだと考えると、なんだかおもしろい。



これを書いている今の私は、希死念慮に囚われてはいません。 しかし、「何がなんでも生き延びさせる、それ以外認めない」という医療界の強迫観念(失礼)には、すごく息苦しいものを感じます。
先日(胃潰瘍で)総合病院に行った際、その場にある「とにかく命を助けよう」という誰も疑わない自明すぎるミッションに、爽快感すら覚えました。 しかし、「本人の社会的ポジションや意識状態によっては、延命自体が残虐行為であり得る」可能性を、終末期医療との関係においてだけでなく、社会思想や、人文系思想との関係においても考察すること*6―― それが「患者に益する」可能性は、本当にないのでしょうか。





*1:何種類かあった。なんという薬だったかをここに記したいが、当時頂いていた資料を含め、残っていた薬を全部捨ててしまったので、わからない。 医院に訊けばすぐにわかるが、今は深夜なので確認できない(必要であれば後日薬物名を追記する――必要ないと思うが)。 ひとまず以下の文章に「薬が何であったか」はあまり関係ないと思うので、続ける。

*2:ここ数日のエントリーをご覧いただければおわかりいただけると思う

*3:「平成8年から14年で倍増」「成人の15人に1人がこれまでの人生で鬱病を経験している」とのこと。 こちらこちらを参照。

*4:こちらによると、「ホームレスは、入院すると生活保護医療扶助制度が適用されるものの、治療を受けて退院すると、すぐに生活保護が打ち切られ、再び野宿生活に戻らざるを得ない」。 参照

*5:言葉遣いの細部を覚えていませんが、「自殺=鬱病」という言い方をされていたのは間違いないと思うのですが・・・(印象的だったので)。 情報をお持ちの方、教えていただけるとうれしいです。 間違っていればすぐに訂正します。

*6:もう何度も述べていることですが、「終末期医療の現場以外での安楽死」は、現時点では政治的にまったく現実味がありません。 東海大病院・安楽死事件の判例をご覧ください。