声と集団の難しさ


  • 「だれでも受け入れる集団」「全面受容」は、関係を分節する声を抑圧する。 あるスタイルの声しか認められない(聞いていない)。
    • 無能力者の受け入れは、存在を受け入れる代わりに、相手のを拒絶している(参照)。 けっきょくは自分のほうが強いことを確認し、弱者の存在を全面受容することで、完璧な声がアリバイづけられる(弱者の声は存在のレベルにしかない)。 弱者本人も自分を正当化するのに、そういうロジックを使う(無能力な自分の存在を、自分の声のアリバイにする*1)。


  • 知識人には、《つながり》をどう維持するかについては何の自覚もない。 自分たちの持ちよる声の態勢を疑わず、そこに問題の焦点があることに気づいていないので、彼らの提案は「自分」を自意識にしている*2声と集団の関係*3に気づいていない。 既存集団は、自分たちの声の態勢を決めてしまっている*4


  • 「私の集団こそが全面的に正しい」というイデオロギー闘争ではなく、「集団が陥りがちな事情」を整理し、検証作業を受け入れる集団のスタイルが要る。 「だれでも受け入れる集団」ではなく、検証作業をこそ受け入れる集団。 (とはいえ、集団的意思決定の問題がそのまま残されている。)




  • (※以下、小説『クォンタム・ファミリーズ』若干ネタばれ注意)   『クォンタム・ファミリーズ』では、「この自分」の同一性を保ったままの他の可能性が同一性障害になったが、実際には、集団のなかで「自分の声」が他であり得るためにうまく組織できない参照)。 他でもあり得た声のプロセスは、解離的に「別のもの」ではなく*5、構成方針に他の可能性がある。 構成過程の不安定さは、「断片の不安定さ(確率)」に還元できない。つまりプロセスの臨床が要る。 ▼「同一的な自分の他の可能性」との関係ではなくて、他者の声との関係のなかで、この声がどういう収束を生きればよいかが分からない。 「言わされた」のか、「自分で言った」のか。
    • 東浩紀には、構成過程のモチーフがない。 プロセスの壊乱が、常に同じ分析スタイルに定着されてしまう。 その確信が才能でもあるが、「声として生きることの分からなさ」という現象は忘却され、抑圧される*6。 端的に、「今の私はこのように収束するしかない」が生きられる。 彼は、固定された「この自分の収束スタイル」を、経験の一回性と共に肯定する(居直る)。 郵便的な確率はあるが、構成過程の揺らぎはない。
    • 東浩紀断片の難しさだが(だから郵便の比喩)、私はプロセスの難しさ(フレーム問題)に照準せざるを得ない。 郵便の受信や送信を行う自分自身がうまく構成できない。
    • 声の難しさを考えることに、私は私で別の角度からの確信を抱きつつある*7。 どんなに環境管理が進んでも、声の難しさは廃棄できない。(声の難しさを廃棄したと思い込んだ人にとってこそ、環境管理は心地よいのかもしれない。)




*1:ほとんどすべての当事者系運動集団がこれだが、私はその路線は採らない。私は声と存在の関係に、あるいは声の困難に、別の形で取り組む。

*2:自他のプロセスを疑わず、せいぜい「つながりのコスト」を指摘するだけ

*3:あるいは「声と関係性の関係」

*4:声と小集団の関係に照準したのがジャン・ウリガタリ参照)。

*5:素材がそろえば声は決まるのではなく

*6:郵便的な不確かさを捉える彼自身の声は確固としている

*7:私が東浩紀の文章に初めて出会ったときに感じたのは、「こういう方向の知性もアリなのか」だった。彼は彼であのような収束を生きるしかない危機があるのだと思う。――むしろ、生きられる危機のスタイルがその人の「才能のスタイル」になる。その危機のスタイルは改編できないか?