ジャパン・タイムズ「ひきこもり」記事の失態

横浜でご一緒した日仏ひきこもり比較研究のチーム(参照)が、
『The Japan Times』にインタビューを受け、記事になっています*1
http://www.japantimes.co.jp/text/fl20111120x3.html
以下、英語は原文のままですが、日本語訳は当ブログ主がやっています。】


興味深い話がいくつも紹介されているのですが*2、そこに次のようなくだりが。

N.T.(Nicolas Tajan): Yesterday (at a meeting of a support group in Yokohama run by ex-hikikomori) we met a famous ex-hikikomori who has written about it. Most people there were in their 40s and 50s, and they are the first-generation hikikomori.
 私たちは昨日、(ひきこもり経験者の運営するサポート・グループとの会合で、) それについて書いた有名な引きこもり経験者に会いました。そこにいたほとんどの人たちは、40代から50代であり、彼らは引きこもりの最初の世代です*3
N.V.(Natacha Vellut): They said they were "masters" of hikikomori (laugh).
 彼らは、彼らが引きこもりの「マスター」だと言いました(笑)。

    • 赤字部分を読んで慌てたニコラ・タジャン(Nicolas Tajan)さんが、「こんなことは言っていない。彼女は正確には、次のように言ったんだ」と、修正のメールをくれました*4

 "one of them who has recently published a book said he was a hikikomori master"
 彼らのうちの一人は最近本を出したのですが、彼は自分が引きこもりのマスターであると言いました。

最近『安心ひきこもりライフ』を出された勝山実さんは、たしかに現場でご自身のことを「ひきこもりのマスターだ」と言いましたから、これは正確な状況説明です。


ここには、2つの問題があります。

    • ジャパン・タイムズの記事を書いたかた*5は、ひきこもり経験者を《グループ》としてしか認識していない。一人ひとりが別の意見をもった、独立した個人であるとは見ていない。
    • 「僕は引きこもりのマスターだ」という勝山実氏の発言は、ご本人はジョークのつもりだろうが、あまりに幼稚で暴力的。*6



勝山氏の幼児的発言が、人間を集団で色分けしようとする記事に利用された形です。



《ボーダーライン》という表現

タジャンさんからは、ご自身の発言についても修正がありました。次のくだりです。

N.T.(Nicolas Tajan): Yes ― but you can tell they are borderline (cases).

    • 「borderline (cases)」というと、ふつうは精神科医の使う診断マニュアル(DSM)にいう、「境界性人格障害」のことでしょう。 これについてのタジャンさんの説明を、ご本人の許可を得て転載します:

 The journalist wrote that I said "they are borderline (cases)": I meant that a lot of hikikomori we can talk to, are in hikikomori-like situation because they are not staying all the time in their room anymore. It is in fact "borderline", because they are not completly "in" and they are not completely "out". From a psychiatric or psychoanalytic point view, saying "borderline" means a completely different thing: it is a controversial category between neurosis and psychosis. Of course I didn't meant they are borderline in a psychiatric way, but that their situation is borderline.
 この記者は、「彼らは borderline (cases) だ」と私が言ったと書いています。でも私が言ったのは、「我々が話せた人の多くは、《引きこもり的な》状態にある」ということです。というのも彼らはもはや、ずっと部屋の中にいるわけではないから。実際それは、「ボーダーライン的な〔つまり境界線上にあるような〕」状態です。なぜなら彼らは、完全に「中に」いるわけではないし、完全に「外に」いるわけでもないので。精神医学的、あるいは精神分析的な観点では、「ボーダーライン borderline 」というのは、まったく違ったことを意味します。それは神経症と精神病の間にある、論争の絶えないカテゴリーのことです。もちろん私は、彼らが精神医学的な意味でボーダーラインだと言ったのではありません。彼らの状況が境界上だと言ったのです。



DSM人格障害カテゴリーについては、すでに「どうしようもない」という評価がはっきりしていますし(参照)、タジャンさんは日頃から DSM に批判的なので、彼がベタに「ひきこもる人は境界性人格障害だ」と断言したとは、とても思えません。


今の時点では、記者や編集部がどういうおつもりだったかの詳細は分かりませんが、
今回のジャパン・タイムズの記事は、ありがちな偏見と間違いを、みごとに反復しています。

    • 【追記】: DSM は、医師が患者を診断するために*7作られたものですが、今では逆に、患者サイドが医師や学者・マスコミなどを “診断” するのに便利な指標になっています。つまり、DSM を真に受けてベタな診断をしたがる人は、信用しない方がよい》。 とくに現状の『DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引』というのは、「この場では利用した方が良いと判断したから、使うけどね」という程度の、再帰的なツール意識をもって使うものであって、聖書みたいに信仰して使うものではありません。


*1:すでに紙媒体にも出ているのでしょうか。詳細は確認できていません。

*2:「ひきこもることそれ自体は、フランスではネガティヴではないし、スティグマにもならない」など

*3:【上山注】: 正確には、43歳の私をふくめ、40歳から47歳の人たち。

*4:発言者であるナターシャ・ヴェル(Natacha Vellut)さんにも確認が取れています。

*5:記者ご本人による記述なのか、それとも『The Japan Times』編集部が勝手に改変したのか。日本の慣例では、署名記事についても、編集部に責任を問うべきでしょうか。

*6:勝山氏は、自分の母親を威圧したのと同じ方法論で、身近な人たちや社会との関係をマネジメントしようとしています。身近にかかわった人は、彼との至近距離の関係を調整することができません。これは、私が斎藤環氏を批判したのと同じ趣旨の批判です。

*7:正確には、多職種間の意志疎通のツールとして