ひきこもる人への扶養義務は、法律ではどう考えるか(メモ)

なるだけ基本的な本を引用したり、ネット上にわかりやすい説明があったらリンクしたり、という具合でこれからも触れていこうと思います。重要なポイントにはくり返したち帰ると思いますし、理解の誤りや文献のアドバイス等ありましたら、ぜひご指摘ください。


扶養のQ&A」(行政書士・工藤法務コンサルタント事務所):

 法律上の扶養義務を負うのは「夫婦」「直系血族」*1「兄弟姉妹」だけです (略) ただし、「特別の事情がある場合には家庭裁判所三親等以内の親族に扶養義務を負わせることができる」との規定があります。

二宮周平家族法 (新法学ライブラリ)』p.255:

 扶養義務者は、連帯債務的に扶養義務を負う



「生活保持義務」と「生活扶助義務」のちがいについて、「扶養の基礎知識」(工藤法務コンサルタント事務所)より:

  • (1) 生活保持義務(親が未成年の子、夫が妻を扶養するなど)
    • 自分と同じ程度の生活をさせなければならない扶養の程度のことを、生活保持義務といいます。
  • (2) 生活扶助義務(子が親を、親が成人した子を、兄が妹を扶養するなど)
    • 自分の生活を犠牲にしない限度で援助する扶養の程度のことを、生活扶助義務といいます。

成人した子に対する扶養義務は、ここでは「扶助」になっている。あるていど本人が自助努力できる前提か。


阪高裁判事・岡口基一要件事実マニュアル 別巻 家事事件編』p.118(強調は引用者)

 自活能力がない成熟子に対する親の扶養義務も、生活保持義務である。(松尾知子 新注民(25) 797項)

ここでは「保持」となっている。


岡口基一id:okaguchik)氏が参照している文献:

新版 注釈民法〈25〉親族(5)

新版 注釈民法〈25〉親族(5)

適当に改行や強調をほどこしつつ、該当個所を引用してみる(p.797-8)。

親の子に対する生活保持義務は、原則として子が成年に達するまで存続するが(東京高決昭37・3・19民集*2 15・3・184等参照)、子が成熟した後は、軽減又は免除されるものと解してよい
判例には、子に対する扶養の一応の終期を義務教育終了時とするもの(大阪高決昭37・10・29 家月*3 15・3・128等)、18歳とするもの(高松高決昭36・10・14家月14・8・150等)、高校卒業時とするもの(東京高決昭39・1・28家月16・6・137等)がみられる。

逆に、成年に達した後も(扶養義務の性質は、生活扶助義務に変化するものと解すべきように思われるが)、子に自活能力がなく、親の扶養能力にも特に変化がない場合には、引き続き従前と同じレベルの扶養義務が課されることもある(福岡家小倉支審昭47・3・31家月25・4・64。この審判を含む公表例の多くは、生活保持義務であることを前提とする)。

義務教育終了後の子の扶養をどこまで認めるかは、結局、当該親子をめぐる状況によって異なるが、高校が義務教育化したといわれる現在、子が一応の自活能力を備えるであろう時点として扶養の終期を定めるにあたっては、高校卒業時ないし18歳がとりあえずの基準となろう
問題となるのは大学生である子への扶養義務である。 大学の在学期間は、現状では、成年到達時をこえるものであり、また、浪人・留年期間がこれに加わることもある。 大学生である子への扶養料支払を肯定した初めての公表例では、浪人中の子が大学を卒業するまでの扶養料が命じられている(東京高決昭35・9・15家月13・9・53)。
しかし、その後、成年前に既に大学に進学している男子の扶養の終期については、大学卒業時としたのに対し、成年後も浪人を続ける女子については成年到達時とした事例が現われ(福岡高決昭47・2・10家月25・2・79)、男子か女子か、成年到達前に大学に進学しているか否かで扶養の終期を区別することの意味が問われることとなった。

近時、子の扶養を、4年生大学に進学したときは4年生大学を卒業すべき年齢まで、短期大学に進学したときは短期大学を卒業すべき年齢まで、高校卒業後就職したときは高校を卒業すべき年齢までとして、いわゆる留年期間を扶養の対象から除外する趣旨の事例がみられるが(大阪高決平2・8・7家月43・1・119)、浪人した場合をどのように扱うかは明らかでない。 子に一応の自活能力があるとしても、義務者の生活レベルが許すのであれば、大学への進学希望がただちに拒絶されるべきではないのはもちろんのこと(東京高決平12・12・5家月53・5・187は、義務者の資力以外にも、奨学金の可能性・金額、アルバイトによる収入の有無・可能性・金額等学業継続に関する諸般の事情を考慮事由として挙げる)、浪人・留年期間を含めて扶養を認めることも可能であろう。 男女の区別は考慮されるべきではない。

時代によって変遷する、「漠然とした常識的理解」を語っているように見える。
これらの判例は、多くが離婚後の扶養義務をめぐって争われている。
病気や障害・高齢化等によって生活能力がなくなる場合には、それに応じた判断や社会保障もあるが、法律の議論は、「病気でも障害でもない中年期までの社会的ひきこもり」については、想定できていない――そうとしか思えない。


だとすると、直接的な制度的支援や、状態像の正当性を確保するのであれば、既存の「病気・障害」カテゴリーを適用するか、法解釈で努力するしかない。

 法解釈(ほうかいしゃく)とは、法を具体的事案に適用するに際して、法の持つ意味内容を明らかにする作用のことをいう。現実に発生する全ての事態を想定することは困難又は不可能であるから、法はそれ自体ある程度、抽象的とならざるを得ない。従って、法を適用するに際しては、具体的事案と問題となる法との間にこれを適用しうる関係があることを示さねばならない。ここに法解釈の必要性が認められる。 Wikipedia - 法解釈

しかし逆に言うと、「ひきこもりの扶養」そのものが裁判で争われたという事例が見当たらない。


私自身は、「どうやって既存の法や制度を適用するか」だけではなくて、《制度順応することそのものをめぐる臨床》を考え直し、そこで快活さを取り戻すことを、少なくともそのための取り組みが必要であることをしつこく説いている。結果的な状態像が論じられるばかりで*4、取り組みのプロセスが主題化されていないのだ。



生活保護 関連メモ

世帯分離して別居状態を作ろうとも、扶養能力のある親族があれば、生活保護は受けられない(参照)。 現在は、養子縁組を解消する手続きはあっても、いわゆる「実の親子」の関係を法的に解消することは不可能だから(参照)、生活保護のために「身寄りがない」状態を作ることもできない。


続き⇒ひきこもり――家族の側に、拒絶の権限はないのか

参照:〔あなたは扶養義務がありますって言われても、はてな匿名ダイアリー


*1:父母、祖父母、子、孫など、直接 “縦方向” にたどれる関係。 兄弟や叔父・叔母、いとこや甥などは直系血族ではない(参照)。

*2:等裁判所判例

*3:庭裁判

*4:「ひきこもりシステム」とか「ひきこもる権利」とか