「国民総動員」 と ニート・引きこもり

id:kwkt さんのレポートによると、鈴木謙介氏は次のような発言をされている。 (太字・赤字強調は上山)

 鈴木氏曰く、私的な領域をどう考えるかが問われているとのこと。 戦後の日本の社会民主主義的な制度は私的なことにかなり口出しをしていて、ある特定のモデル的な生き方には援助を行うということを企業社会中心でやってきたのではないかとのこと。 国家が企業を保護し、企業が個人の生活を担うということを高度成長期以来行ってきており、その中にリプロダクティブ、つまり子供を産むということが産業の支援の一環として組み込まれてきていたという一種の総動員体制と理解することができるとのこと。 福祉国家モデルが財政破綻などで崩れてきた70−80年代に、それまで国家が面倒をみてきたことを、個人の領域として任せて、国家が組み込まないことを私的なこととして任せてきた歴史があり、それが端的に現れているのが経済・雇用問題であるとのこと。



公共圏が「総動員体制」として組織されているなら、そこに乗ってこない引きこもりやニートが叩かれるのは当たり前か(まさに「非国民」?)。*1





*1:これは、リファをくださった id:pavlusha さんのメモとも関係するでしょうか。