資本制と党派性

党派性が、労働過程の編成のはなしだと考えれば、
じつは党派性というのは、《資本》と対比されるべきであるはず。


資本制的生産様式において、プロセスは《資本価値》に強奪される(参照)。
――党派性においては、何に強奪されるか。


「言表の集団的アジャンスマン」などと訳される 「agencement collectif d'énonciation」 は、具体的なプロセスの編成や改編の話をしている。論じる自分だけが「メタ」に居られるわけがない。主観性それ自体も、編成され、生産される(逃げ場はない)。


脳髄の物質過程の話だけでは、編成の仕方を論じられない。
タダモノ論では、党派性も資本制も論じられない。



Félix Guattari 『La révolution moléculaire p.85 より:

 Le capitaliste n’extorque pas une rallonge de temps, mais un processus qualitatif complexe. Il n’achète pas de la force de travail mais du pouvoir sur des agencements productifs.

逐語的に英訳すると:

 The capitalist extorts not an extension of time, but a complex qualitative process. He does not buy the labor power but the power for productive assemblages.*1

同箇所の邦訳、『分子革命―欲望社会のミクロ分析 (叢書・ウニベルシタス)』p.55-6 より:

 資本家は時間の延長ではなく複雑な質的過程を強奪する。
 資本家は労働力ではなく生産の配備を左右する力を買うのである。



党派性は、勤務時間を超えて、人の一生を支配する。

個人史全体の「生産の配備」を、イデオロギーで強奪する。




*1:仏語の「agencement」は、國分功一郎氏のこちらの指摘に基づいて、「assemblage」と英訳した。