twitter(ツイッター)の細切れのつぶやきをまとめ、一覧して読めるようにするサービスを「togetter」(トゥゲッター)といいます。さいきん私はこれをよく編集していて(参照)、発言者の方々ともやり取りをさせて頂きました。
しかしまとめには葛藤がありますし、慎重な配慮が必要です。
あるていど数をご覧になった方は分かると思いますが、togetter は「まとめられる側」にとって、必ずしも楽しいものではありません。 編集者は、忠実な秘書に見えることもあれば、悪意の傍観者のこともある*1。 発言者が怒り出すケースも少なくありません。
私が発言をまとめさせて頂くときは、大まかに次のような趣旨が絡まり合っています。
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- (1)勉強になる。 「まとめること=支持」に近い。
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- (2)内容には賛成しないが、資料や刺激としてストック。
私の活動趣旨に重なって、最も重要なのが(3)です。
発言者はご自分の意図で話されるのですが、その主観的思惑とは別に、ふるまいの全体が、事実としての素材性を持ってしまいます。それがどんな実態だったかは、リアルタイムにはわからない。 《あとになって》、事情の細部への分析が生成したりする*3。――その認識の事後性に、しっかりと場所を与えたい。
私が強く望むのは、そういう意味での《素材化》です*4。
これは実は、社会参加をめぐる、技法上の立場表明でもあるはずです。
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- 動物的衝動と合理的理性を対立させる図式がよくありますが、《技法》は、その中間にあります。