立岩真也×稲葉振一郎トークセッション「希望の国家論」

さまざまな動揺を経験できたのが最大の収穫。
アファニシスは「性欲脱失」と訳されているのを見たことがあるが、「問題脱失」という言葉を思いつく。 というか、そういう言葉でかろうじて支えた。 自分という場所が言説として構成されなくなってしまう不安。 極端に支えにくい。 考えてみればこれがずっと10代からの苦しみだった。 「自分に居場所がない」というよりも、自分の考えていることが消えてしまう。 社会に居場所のないことを考えている、というか「“自分”が構成できない」。 ▼その問題が言説として構成される欲望事情。 自分の消失という地べたから考え直す必要がある。