地殻

7月3日、「神戸オレンジの会」の例会にお招きいただき、終了後、精神保健福祉センター精神科医の方に声をかけていただいた。お話しして驚いたのだが、安克昌氏のお知り合いだった。安克昌氏といえば、1996年に『心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)』で知り、ずっとお会いしたかったのだが、2000年12月に癌で亡くなってしまわれた方(享年39歳)。その方の直接のお知り合いが、いま目の前にいて、ひきこもりの問題に関わってくださっている。
震災の影響で、兵庫県精神保健福祉センターが「こころのケアセンター」の中にあり、その全体のセンター長は『心的外傷と回復 〈増補版〉』をお訳しになった中井久夫氏。今まで我慢していたものがだばだばとつながって、ちょっと泣きそうになった。



僕は、10代半ばから「トラウマ」という単語が気になっていて*1、しかし当時は本屋に行っても、「外傷」といえば「頭部外傷」などであり、心理的な傷をそれ自体として研究した専門書は一冊もなかった。1985年、「ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵の平均年齢は19才だった」という歌詞を持つ『19(Nineteen)』という曲を知り、テープで繰り返し繰り返し聴いた。友達にもらった歌詞カードに登場する「Post-Traumatic-Stress-Disorder」という文字列は、それだけで何がしかの意味を予測させた。「着ているTシャツに隣りの奴の脳味噌が飛び散るんだ」「何が起こってるのかわからなかった」という、10代と思しき少年の生々しい呟きを、辞書を引いて理解した。この作品には、なぜかすでに小林完吾アナウンサー朗読による日本語バージョンがあり、これも繰り返し聴いたが、原曲も日本語版も、誰が作ってるのか知らなかった。


阪神大震災被災後、たしかまだきつい引きこもり状態にいた頃*2、「何かできないか」と思い立ち、神戸大学医学部付属病院近く(当時)にあった「こころのケアセンター」に、思い切って足を運んだ。仮の建物で、パンフレットなどいただいたが、私には何の資格もなく、ボランティアの窓口もないとのことで、それきりになった。考えてみれば、自分に何ができるはずもなかった。


ついに、『外傷性精神障害―心の傷の病理と治療』という医学書を見つける*3。 線を引き引き読んだが、やはり「医学書」で、自分がどこかで考えているような人文的な意味の広がりがあまり感じられず、味気ない落胆を味わう。 さらにしばらく経って、『心的外傷と回復』、訳者「中井久夫」を見つける*4。 店内で興奮してしまって、そーっと買って帰り、本がバラバラに分解するまで読み込む。――けど、それが自分の仕事になるとは思えない。どんな仕事になるのかも分からない。
それ以後、「トラウマ」「被害」「PTSD」をキーワードとした出会いや交流も体験したが、時間が経つにつれて明らかになったのは、どうやら自分には関われない問題らしい、ということだった。僕は医者ではないし、被害当事者でもないし、それから最重要なことに、関わり続けることがつらすぎた。



*1:いろんな英和辞書で、そこばかり引いたりしていた。 説明があまりに少ないので不満だった。

*2:何年頃だったか、記憶は曖昧。 「この場所は5年の時限施設」という説明を聞いたのを覚えている。

*3:いま見ると、初版出版は1995年11月になっている。

*4:同じく、初版は1996年11月。