死ぬことの助け合い

ueyamakzk2011-07-11

僕に死ぬ権利をください

僕に死ぬ権利をください

【プロフィールといきさつ】: 1981年生まれ、もと志願消防士。 2000年9月24日、19歳で交通事故に遭い、9ヶ月間の昏睡状態に陥るが、奇跡的に意識と聴覚、わずかな視覚だけを取り戻す。 それ以上の機能改善があり得ないことを知り、安楽死を望むが、どうしても聞き入れられなかった。 2003年9月24日(事故のちょうど3年後)、実母の手で決行*1、その2日後に死亡。

「訳者あとがき」によると、原書はフランスで34万部(2004年3月時点)*2。 この事案をきっかけに安楽死論争が激しくなり*3、2005年の「レオネッティ法」制定につながった。 参照*4


著者ヴァンサン・アンベール氏は、声を出せず、右手の親指しか動かない状態でこの本を「書いて」いる。そばにいる人が彼の指にさわり、アルファベットを順番に言い、必要な文字が来たらそこでヴァンサンが指を押す。これをえんえんと繰り返し、単語をつくり、文章をつくってゆく・・・*5
唾液を飲みこめず、「泣く」という行為もできないほど生活機能を失っているが、進行性の病気ではないので、周囲が延命措置と介護をやめない限り、生命は維持される。彼は断固としてそれを拒絶するが、食事は管から胃に送られるし、自分では死ぬことすらできない。

ご家族、とりわけ母親とのやり取りは、彼が家族を大切に想い、彼も愛されていたことを伺わせる(母親は最後まで息子の安楽死の要求をこばみ、泣く)。 大統領に手紙を書き*6、ついに母親がシラク本人と面会したのに、「人生をもういちど好きにならなければならない。これは大統領命令です」*7という言葉を受けて終わる(p.166)。

最後は実母が自分で手を下し、警察に身柄を拘束される。事情を知る医師フレデリック・ショソイは「これ以上の延命措置は無意味」と判断、人工呼吸器をはずし、塩化カリウムを注射して心臓を止めたが、そのために終身刑になる可能性すらあった*8
レオネッティ法制定後の2006年2月、実母とショソイ医師はいずれも無罪になった*9、1995年の東海大学附属病院の判例参照)を見るかぎり、日本で同じことをやれば間違いなく有罪だろう。



安楽死と、各国の文化

 スイスにある2つの自殺幇助団体ディグニタスエグジットには大きな違いがあることもこの調査ではっきりした。ディグニタスに助けを求める人の9割は外国人、つまり自殺のためにスイスに来る自殺旅行者だ。一方エグジットの96.6%が国内の自殺希望者だ。外国人の希望者が多いことから、ディグニタスに頼る人の数はエグジットの2倍だという。 (「死に急ぐ女性たち」より)

安楽死のできる国 (新潮新書)』p.163 より:

 欧州統合の時代でも、安楽死をめぐる法律は統一できません。オランダにはオランダの道が、我々には我々の道があるのです。人権はひとつでも、その解釈は違う。各国が独自の文化、歴史、宗教をふまえ、それぞれの道を探る必要があるのではないでしょうか。 (末期患者の自殺を幇助するスイスのNGO「エグジット」事務局長、ミハエル・ブリュッカー氏の発言)


*1:息子につながれた胃ゾンデ(医療用の細い管)に、バルビツール系鎮痛剤を注ぎ込んだ。

*2:フランスの人口は日本のおよそ半分だから(参照)、日本なら70万部ぐらいの印象か。日本語以外にも、イタリア語、韓国語、スペイン語タイ語ポーランド語に訳されたとのこと。

*3:邦訳の解説は、『安楽死のできる国 (新潮新書)』著者の三井美奈氏。この解説だけでも読む価値あり。

*4:La loi d’avril 2005 : droits des patients et fin de vie」(PDF)  フランスのいきさつについては、こちらを参照。

*5:直接の執筆を行なったのは、ジャーナリストのフレデリックヴェイユFrédéric Veille)氏。

*6:ヴァンサンによる、大統領への手紙: 【仏語原文】(フランス尊厳死協会)、 【英訳】(BBCニュース)

*7:「Il faut qu'il reprenne goût à la vie. Dites-lui que c'est un ordre du président de la République.」(原書p.164)

*8:ショソイ医師はその後、『私は人殺しではない(Je ne suis pas un assassin)』という本(2004年)を公刊している。

*9:こちらの記事には、無罪ではなくて「免訴」とある。