政治的分節の場としての臨床面接

フランスでは、ラカン派の精神分析家が国家事業に協力し、無償での(!)精神分析臨床に取り組んでいるとのことだが、そこでは「精神分析家」が、移民や失業・不安定就労など、フランスの社会問題の最前線に直面しているという(9月20日シンポでの立木康介氏の発言より)。
こういう状況で、悩む本人だけを「治療する」というのは、無茶なシステムに加担することでしかない。 カウンセリングは、それ自体が政治的分節の場でもあり得るはずだし、そういう射程を無視しては、“臨床” の趣旨がゆがんでしまう。
現実に「順応する」のではなく、この現実に「取り組む=仕事をする」のでないと…