「この人の社会参加が成功しているのはなぜなのか」

毎日の参加的継続を可能にしている要因そのものは意識されなくなっていて、意識されなくなっているからこそ成立している、というところがある。 ▼だから、「うまくいくようになった人」から見ると、「底の抜けた実存」*1についてあれこれ考えている人は、「いつまでも人生論をやっている」ように見える。
「なぜできなくなっているのか」*2よりも、「なぜできているのか」
各人に成立している、自己肯定や無自覚な惰性のメカニズム。



*1:参照: 宮台真司速水由紀子サイファ覚醒せよ!―世界の新解読バイブル

*2:不登校問題に典型的だが、「できない存在を何とかしよう」という視線は、「できている存在」を再検討する姿勢を持たない。 かといって、「できない存在」を宗教的に美化しても始まらない。 「できている事情」について、事後的に検討する必要がある。 それは、社会参加が再生産される事情の分析でもある。 ▼マルクスの商品分析が、「成立した地点」からさかのぼるように。 【フロイトは失敗を分析するが、マルクスは成功を分析する】