意見表明と「手続き」の政治性

司法制度改革における裁判員制度について

 陪審制を単に司法制度として見なすだけであれば、思考をきわめて狭くすることになる。何故ならば、陪審制は訴訟の運命に大きな影響をおよぼす以上に、社会自身の運命に大きな影響をおよぼすからである。それ故、陪審制は何よりも政治制度なのである。 (Alexis de Tocqueville “De la Democratie en Amerique”(1835年))

 陪審制による司法への参加は、国民が彼らの代表者を通じるよりも、自ら直接に行う方がよいという政治における数少ない事例の一つである。 (John S. Mill “Considerations on Representative Government”(1861年))

 ルソーが自由の達成の条件について書いているすばらしい文章よりも、訴訟手続上の一見重要と見えない変化の方が自由により密接に関係している。 (Harold J. Laski “A Grammar of Politics”(1925年))


政治制度としての陪審制――戦前日本の経験に照らして

 ある国民が政治文明において占める位置を決定する際に、法によって定義された正義が私人間および政府・私人間で司法行政において現実にどの程度実現されているのかを見ることほど決定的な試金石はない。 (ヘンリー・シジウィック)