「課題」

  • 「課題当事者」*1としては、次のようなパターンがある。
    • (1)社会的に課題解決を迫られており*2、本人も自覚的に課題を引き受けている*3
    • (2)社会的に解決を迫られているが、本人は課題を引き受けていない*4
    • (3)社会的には解決を迫られていないが、本人が自覚的に課題を引き受けている*5
    • (4)社会的に解決を迫られておらず、本人も引き受けていない*6


  • 「課題」には、各人は複数帰属し得る(自覚的にも無自覚的にも*7)。
    • 属性としての当事者性を共有しているからといって、別の当事者が自発的に立てた課題に自覚的に帰属する義務があるわけではない(たとえ他者から見て「君は事実上この課題の当事者ではないか」と見えても)。 しかし、多くの個人に関係する重要な争点はある。 → 「この課題が重要だ」という提案自体が、政治的プロセスのはず。
    • 当事者各人が自分で課題を設定し、脱落したり参入したりする。 ここにこそまさに≪自発性≫の契機が深く関わる。 【 → 「自発と契約」】
    • 課題脱落的」というその原理的属性自体が、自己言及的に課題になる。


  • 誰かが明文化(言語化)しなければ、課題は分節されず、共有されることもない。
    • 多くの人が自発的に支持し共有し得る課題の析出は、それ自体が重要な仕事。
    • 属性においていくら濃厚な当事者性を備えていても、自覚的課題において共有するものがなく、その当事者が私の引き受けた課題から(本人の自覚的設定としては)脱落していれば、私とその人とは共有できる議論がない。 逆に当事者属性がいくら希薄でも(極端に言えば全くなくても)、自覚的課題を共有できるなら≪ミーティング≫ができる。






*1:法律的紛争解決における「当事者」と、マイノリティ問題における「当事者」の違いは。【参照

*2:「働け」など

*3:引きこもり・ニート状態の自罰傾向はここ

*4:「課題を知ってはいるが引き受けない」場合と、「気付いてすらいない」場合がある

*5:自発行動における「自己責任」はこの文脈

*6:「泣き寝入り」にあたる

*7:客観的属性から、家族や社会から課題を押し付けられることがある。 「働け」など。