斎藤環氏はみずからの対談集『OK?ひきこもりOK!』(マガジンハウス)で、宮台真司氏を相手に次のように語っている。
性体験自体は一つの去勢だと思います。(中略)実際に性的なパートナーを見つけ、性体験を重ねることは、自己イメージが有限性を獲得していく過程でもあるわけです。自分の有限性を受け入れることが去勢だとすれば、性体験も一つの去勢だし、去勢のたびに社会化は進みます。
いっぽう『網状言論F改』(東浩紀・編著)においては斎藤氏は、
(自慰行為と実際の性行為の差は)僕はないと思うんだけどね。差異がありうるとしても、それは完全に想像的な差異であって、象徴的にはまったく同一の享楽であると考えられる。
自慰行為では去勢はないんじゃないだろうか?・・・