震災直後の、山田和尚氏の体験*10

ペシャンコに潰れた家の下から、うめき声が聞こえる。 近寄ってみると、その声から2mほど離れたところから、小学校低学年くらいらしい女の子の元気な声。 「大丈夫かぁ!」と呼びかけると、
「こっちはだいじょうぶや、そやからそっちを早く助けてやって」
瀕死のうめき声は母親らしいが、「助からない」と判断し、女の子の救出に全力を傾ける。 しかし彼女はいぶかる。
「なんでこっちやの。 こっちは元気やからそっち(お母さん)が先や。 苦しんでるやんか」
「だいじょうぶや。 お母さんは別の人がやっとる。 そやからおっちゃんがこっちの係や」


血まみれになりながら何時間も頑張ったが、素手ではどうしようもない。
――つぶれた家の後ろから白い煙。・・・・助からない。

 二、三分ほど沈黙していたでしょうか、意を決して、私は壁の向こうの彼女にこういいました。
「何かわかるか」
 急に静かになった私に、彼女は何か異変が起こった気配を感じ取っていたのでしょう、しばらく黙りこんだ後、今までと変わらぬ弾んだ調子でこう答えました。
「煙やろ」
 この明るい声に、私は今まで味わったことのないほどの強烈な衝撃を受けました。*1



もう駄目なのはお互いわかっているが、彼女に「よーし、頑張るな、もう一回!」と声をかけ、再度瓦礫と格闘する。 もちろんどうしようもない。
間もなく「ボッ」という音とともに家の裏手から炎が上がり、火はみるみる大きくなってゆく。
たまらなくなり、なぜか彼女に向けて「元気出せー、元気出せーっ!」と叫び続けた。
目の前で炎に巻かれ、彼女は亡くなった。





*1:同上書、p.28-9