見事な言語化の能力をもった、《言葉の学問》としての数学


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示唆的で面白かった。
特に、ゲストのお二人が現代数学を《うまく言い表すこと》と説明したこと。逆に言うと、言葉が欠けている(まだ上手く開発されていない)場合には問題が解けない(証明できない)。


その箇所の文字起こし。(動画25分30秒~)

加藤文元:代数学って、非常によくできた体系だと思うんですね。私自身が数学を始めるきっかけっていうのは〔…〕p進数っていう、まぁ不完全な形ではあったけど自分なりにそれに近いものを発見していて、それでいろんな定理を証明してたっていう〔…〕東北大学の小田忠雄先生っていう有名な代数幾何の教授がいらして、そのかたに〔自分で発見していた数学の話をしたところ、〕「それはp進数というものなんだ」ということで、数学の専門書を「これ読んでみなさい」と勧められたんですね。もちろんぜんぜん分かんないわけです。こちらは現代数学の素養なんて全くなかったわけだから。だけど線形代数から復習始めて、こつこつとやっていって、その本に書いてあることが少しずつ分かってくると、感動の連続だったということがあります。自分が言い表そうとしてなかなか言い表せなかった、言語化できなかったっていうことを、実に見事に言葉にしてるんですね。概念を極めて巧みに言い表してるっていう、非常によくできた世界だっていうことですね。もちろん数学っていう大きな枠でいくともっと他にも数学の良さというか面白さっていうのはあると思うんですけど、その中においても現代数学、っていうもののひとつの特徴っていうところで言うと、そこ*1が私にとっては大きな特徴かなというふうに思いますね。


ヨビノリ:すごい話ですね、自分でいろいろ説明できて、言葉が見つかってないだけだったということですか状況的には。


加藤文元:そうなんですよね、うまく上手に言い表すことができなかったから。もちろんだいたい現象としてはこういうことが成立するべきだって分かっていてもそれを言い表せないから定理に出来ませんよね、定理にできなかったら証明もできませんね。そういうのを一個一個、基礎的なところから積み重ねながら、明快な言葉がそこに必ずあるわけですよ現代数学っていうのは。そこの言語化するための能力というか懐の深さというか、それは現代数学はやっぱりすごいなという。そう思った感じですね。


若山正人:そうですよね。つまり数学でね、問題が解けないってありますよね。例えば問題は明確で古くから知られていて、そういうのを「予想」っていうわけですね。それはその当時の偉い数学者が予想を立てて〔…〕行き着くところはですね、色んなものを今あるもの*2を持って来るんじゃなくて、もしかすると我々はこれをちゃんと述べる言葉がないから解けないんだと――そういう発想を数学者はするわけです*3それが逆に言うと、例えば高校から大学に入ってきて数学をやるときにですね、今までだったらこう計算して「問題とけた!」というんで喜びを感じると、それはもう当然健康な感じ方なんですけども、一方でなんかこう〔大学に〕入ってくると、計算の速さとかそんなものは全然尊重されなくてですね、言葉遣いの勉強みたいなことばっかりやって、「なんかイメージが違うなあ」と思う人はたくさんいるわけです。そういう意味で数学って、まぁ「概念」という言い方もありますけど、《言葉の学問》みたいな、そんなところがあるんですよね。


ヨビノリ:何か問題があって、言葉がないから解けないという状況って過去にも何度もあったと思うんですけど、代表的なものって何かありますか。


加藤文元:やっぱガロアでしょうね。
ヨビノリ:あーなるほど。
若山正人:そうですね。


加藤文元:ガロアのときにはなかった言葉というのをガロアは一所懸命、自分の言葉で表現しようとしてるわけですね。だからガロアの論文って、とっても難しいですよ。


若山正人:うん。


加藤文元:いま我々が習うガロア理論ってのは非常に整備されていた。それこそ現代数学の明快な言葉がそこで使われているわけですけど、ガロアはまだ洗練されてないわけですね。だから彼自身も非常に苦労したんだろうというふうに思うし、それを読むと、彼の苦労が少し偲ばれる感じがしますね。


若山正人:でも研究者のひとつの仕事としてですね、もちろん研究していくと、新しいことを見つけていくっていうのは第一義的に大事なんだけれど、もう一つは加藤さんがおっしゃったように、「整理して次世代に分かりやすくしていく」ということがあるので、それによって次の研究が進むわけですよね。それは数学者の、仕事の一つだと思いますけどね。


ヨビノリ:それは一つ例えば、教科書を書くというのはデカい…。


若山正人:重要なことです。
加藤文元:(大きくうなづく)



数学というのは言葉の能力の開発なのだ、という視点。


*1:「自分が言い表そうとしてなかなか言い表せなかった、言語化できなかったっていうことを、実に見事に言葉にしてる〔…〕概念を極めて巧みに言い表してるっていう、非常によくできた世界だ」

*2:数学の道具立て

*3:例えばフェルマー(1607-1665)の時代には谷山–志村予想もガロア(1811-1832)の仕事もなかったわけで、フェルマーの個人的能力がいくら高くても「フェルマーの最終定理」を証明することはできなかっただろう。