私の診断名:
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経緯メモ
- 2025年8月14日(木) 下痢が始まる。本人は8月12日に食べた「きんつば」*1の食あたりだと信じ込んでいた。
- 8月15日(金) 水様便がひどくなる。本人は食あたりと思い込んでおり、とにかく悪いものが出てしまえば恢復するはずだ、とひたすらトイレに通い続けた。
- 8月16日(土)~8月21日(木) どんどん水下痢の状態が悪くなり、1時間に4~5回、24時間休みなくトイレに通い続け、睡眠もとれない*2。1日に70~80回ほどトイレに通う状態を1週間ほど続けた。この間、嘔吐も腹痛もほとんどなし。
- 8月22日(金) ついにギブアップ。とはいえトイレ通いの頻度があまりに高く外出できないので、ボールペン手書きで経緯を記したメモを家族にかかりつけ医まで持参してもらい、「下痢止めのお薬だけでも処方頂けませんか」と打診。結果として下痢止めの薬をいただき、おかげでトイレ通いの頻度が少し下がる(2~3時間に1回程度)。しかしその夜、今回の症状が始まって初めて何度も嘔吐した。これでお茶すら飲めなくなった。
- 8月23日(土) 飲み食いがまったくできず生命維持ができず、すでにあまりにも衰弱して外出もできないので、「点滴をしてもらえませんか」という手書きメモをかかりつけ医まで家族に持参してもらう。⇒お返事として「すぐにタクシーでA病院に向かってください。紹介状を書いて連絡を入れてあります」。水下痢の頻度が少し下がっていたので何とか着替えてタクシーに乗り込み、病院到着。すぐに点滴と採血。私は高血圧の治療中だが血圧が100を切っており、手が土気色で冷たい*3。そのまま入院。
- 血液検査の結果、白血球の数値が異常に高く出ており(6万4390)*4、そのうち好酸球が76%(約4万9000)。説明してくれたベテラン内科医によると「長年医者をやってるがこんな数値は見たことがない」。徹底的な検査が必要になるがこのA病院には設備がないので転院するという。ここでひとまず「好酸球性胃腸炎の疑い」という仮の診断名がつけられ、さらに「血液の病気かもしれない」と告げられた。白血球の極端な増加と「血液の病気」…ひょっとして自分が疑われている病気の可能性には白血病も入ってるんだろうか、と動揺する。私の体には、いわば特撮怪人のようなまだら模様の内出血が全身に出ていた(とくに両足)。
- すぐにステロイドの服用(1日に20mg)が始まり、おそらくこれが劇的に効いて、あれほど続いていた水下痢はひとまず停止した。
- 8月26日(火) B病院に転院。ここから数日かけて大量の採血やCTスキャン、レントゲン、大腸内視鏡、胃カメラ、組織を取っての生検などが続き*5、念のため骨髄検査までやったが*6、診断名は EGPA(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)で間違いないだろうとなった。白血球6万4000のうち好酸球の割合が9割を超え、単純計算で好酸球5万7000という数字に。主治医の説明で「入院は1ヶ月くらい」。ステロイド服用は1日に55mg。
- 9月5日(金) 朝にいきなり「退院は明日」と告げられる。異常だった好酸球数値が直近2回の検査で「ゼロ%」と出て、つまり血液検査の結果が劇的に改善したことによるもの。B病院転院直後には食事も摂れず生命維持を点滴に頼っていたが、そこから数日で食事ができるようになり点滴も外れ尿瓶も片づけてもらっていた。どうやら大量のステロイドが劇的に効いたらしい。いきなりの退院は嬉しいが、数日前まで死にかかっていた私がいきなり退院でやっていけるのか、一抹の不安。
最初のA病院も転院先のB病院も、入院の満足度は高かった。本当に「助けてもらった」、感謝の念で一杯。ここに細かくは書かないが、日本の医療関係者の熱意と優秀さ、ていねいさに感激し続けていた。病気の診断そのものによる心理的変化は実感しているが*7、入院で味わった変化も大きい。
*1:消費期限を3日ほど過ぎていたが、結局これはまったく関係なかった。嘔吐も腹痛もなかった。私の白血球が極端に増加するタイミングでたまたま食べたのが「きんつば」だったというだけらしい。
*2:小康状態で1時間ほどあいたときに少し寝る感じ。
*3:指先の酸素濃度が93で看護師らが慌てたが、耳たぶで測り直したら98と出た。
*4:正常値は3300~8600
*5:ステロイドの大量服用が始まっており、副作用として骨の弱化が懸念されるため骨を補強する服薬も始まるが、そのためには親知らず(歯)が邪魔とのことで、残っていた2本を院内で急遽抜歯。
*6:白血病の可能性を潰すため。それくらいに好酸球の数値が異常に高かったらしいが、検査結果は「白血病ではない」。
*7:強い薬を飲み続けなければ生命維持も危うい体であり、これは死ぬまで治らないらしい。