《超越=不連続》のスタイルこそが発明されていない

社会は「発達障碍化」しているか(togetter)をまとめました。

    • ひきこもり状況に必要なのは、「反復できる不連続」の方法論。
    • ところが支援では、恣意的連続性を押しつける人しかいない*1



以下、志紀島啓氏とのやりとり:



動物化》は共時的に見ると断片化(不連続)だが、時間軸方向で見ると、のっぺりとした連続性でしかない。ここでは、主体化や集団化はうまく行かない。 各個人は「使いみちのなくなった否定性」(バタイユ)として、資本や左翼党派に使い捨てにされるしかなくなる。



*1:左翼にも、既得権益の死守とオルグしかない。党派に抱き込むことは、政治をインストールすることではない。