• 主体がまとまりを作ることができない。ひきこもっていて、「自分が触ったものを捨てられない」という人など*1ガタリも、みずからをまとめられない苦痛を語っていた*2。 自分をまとめられない、という苦しさから、党派性と自己を《現実の集団的構築》として語ること。分析は、収束過程そのものとして分節される。
  • 方言で大事なのは、パーツではなくイントネーション、つまり身体性。この身体性がベタに生きられると、度し難い党派性になる。 ⇒それぞれの分析指針の党派性を、方言のような身体の必要性で理解することはできないか。




*1:存在論的に不安定な人間は、自己を充足させるよりも保持することに精一杯」(ロナルド・D・レインひき裂かれた自己―分裂病と分裂病質の実存的研究』p.52)

*2:「おまけに文字通りぼくの喉元につきつけられたもうひとつの事態があって、それは恐るべき不安感の激発、どうしようもない実存的喪失感にとらわれたということだった」(ガタリ闘走機械』p.96)