法則 と 法権利――《loi》 と 《droit》

ピエール・ルジャンドルドグマ人類学総説―西洋のドグマ的諸問題』pp.11-12 より、西谷修氏の解説(強調は引用者)

 フランス語(だけでなくヨーロッパの言語)には日本語の「法」にあたる語が二つある。 ひとつは 《droit》、もうひとつは 《loi》 である。 大雑把にいえば、《droit》 は人間の定める法規範という意味での「法」の観念を指し、同時に「権利」の意味を含んでいる(たとえば「人権」は 《droit de l'Homme》)。 それに対して 《loi》 は、一般的な「法律」も意味するが、誰が決めたのでもない「掟」のようなもの、あるいは自然の「法則」などを意味する。 ところがこの二つの概念は日本語では区別しにくい。 それには次のような歴史的事情がある。
 日本では明治期に、西洋の法制度にならって法体制が整備されたとき、西洋語の翻訳を通して一連の用語が作られたが、そのとき 《droit》 と 《loi》 の違いは意図的に顧慮されず、その結果日本語では「法」という語がこの両者を包むことになった。 別の言い方をすれば、日本語では 《droit》 の含む「権利」の局面を切り離し、それにいわば「私的」なニュアンスを与えて、西洋的な「法=権利」という観念を排除したのである。 そのため日本語では 《droit romain》 や 《droit civil》 あるいは 《systeme de droit》 をそれぞれ「ローマ法」、「民法」、「法体系」と訳し、《droit》 そのものも「法」と訳すのが通例になっている。 だがそうすると「人間にとって法(loi)をなすもの」とか「ことばの法(loi)」などとの区別が表現上できなくなる。 要するに、「法」の一語で済ますことによって、権利の画定としての「法」も、制定法も、天から降ってきたような避けがたい「法」も、区別できなくなるということだ。 それは日本の近代法制整備の過程で意図的に選ばれた「翻訳政策」によるものだと言ってもよい(民法典編纂の準備段階で、箕作麟祥(みつくり・りんしょう)がフランス民法を翻訳し、《droit civil》 を「民権」と訳したところ、「民に権利があるとは何ごとだ」という議論が巻き起こったことなどが、穂積陳重(ほづみ・のぶしげ)の『法窓夜話 (岩波文庫)』にも触れられている)。 この翻訳政策を通して、西洋的な 《droit》 の観念は、「法」の一語のもとに日本に「ナショナライズ」(穂積)されたのである。
 ところが本書でもっぱら問題になるのは 《droit》 である。 これをただ「法」と訳したのでは、右に述べたところからこの西洋的な概念を「ナショナライズ」してしまう、つまり 《droit》 を、《loi》 のニュアンスの強い近代日本特有の「法」観念に引き寄せてしまうことになる。 だが 《droit》 をすべて「法権利」と訳すのにも無理がある。 そこで本書では、日本語の慣行に従ってこれに 《loi》 と同じように「法」の訳語をあてるが、それがあくまで西洋的な規範観念であることを喚起するために、適宜「法権利」という表現を用いて強調することにした。



穂積陳重(ほづみ・のぶしげ)法窓夜話』(青空文庫)より:

 明治三年、太政官に制度局を置き、同局に民法編纂会を開いた時、江藤新平氏はその会長となった。当時同氏はフランス民法を基礎として日本民法を作ろうとし、箕作麟祥(みつくり・りんしょう)博士にフランス民法を翻訳させて、これを会議に附したことがあった。博士はドロアー・シヴィールという語を「民権」と訳出されたが、我邦においては、古来人民に権利があるなどということは夢にも見ることがなかった事であるから、この新熟語に接した会員らは、容易にこの新思想を理会しかね、「民に権があるとは何の事だ」という議論が直ちに起ったのであった。箕作博士は口を極めてこれを弁明せられたけれども、議論はますます沸騰して、容易に治まらぬ。そこで江藤会長は仲裁して、「活かさず殺さず、姑(しばら)くこれを置け、他日必ずこれを活用するの時あらん」と言われたので、この一言に由って、辛うじて会議を通過することが出来たということである(「江藤南白」)。「他日必ずこれを活用するの時あらん」の一語、含蓄深遠、当時既に後年の民権論勃興を予想し、これに依って大いになすことあらんとしたものの如く思われる。


法則
法権利
英語
law
right
フランス語
loi
droit
ドイツ語
Gesetz
Recht



人為的に策定されたものを法則レベルで受け止めさせようとする恣意が、訳語決定の段階にあった。 自分に与えられた権利のあり方を再検討することが権利上認められている、という理解そのものが「法則」レベルで禁じられる。 「そういうことになっている」(オキテ)。


身近な党派的押しつけでは、関係性の《自然さ》が装われる。

《党派的自然を疑え》(「自然」は「じねん」と読む)

    • 【追記】: 命令というより、《許可》。 「分析してもよい」という雰囲気が触媒となって分析が生まれ、それがまた分節をもたらす触媒となる。 命令形だけで語ると、その命令がまた党派のアリバイになってしまう。 命令と許可が、触媒という動機づけとの関係で語り直されなければならない。 ▼これまでは、《感染》《ハマる》といった嗜癖的没頭ばかりが語られてきた(宮台真司斎藤環)。 分析をもたらし、むしろ嗜癖を解体する《触媒》という動機づけが語られていない。
    • ここで提案しているのは、西洋ディシプリンを優等生的に踏襲して日本を批判する、ということではなく、自らを当事者的に素材化するという分析だ。――これは、精神医療論であるばかりでなく、日本の知識人論でもあるはずだ。



ここでいう「党派」は、メルロ=ポンティガタリの文脈にある《制度》*1にちかい(参照)。 精神分析や制度分析につながる《党派分析》が要る。 いつの間にか生きられている関係性のパターン。
ドゥルーズ/ガタリの言う「アジャンスマン agencement*2は、党派性の分析的解体と再構成だと思うのだが、「アジャンスマン」という単語を連呼して自分たちのイデオロギー的正当性を確認しあう党派しかないのでは、冗談にもならない*3



*1:廣瀬浩司意識を治療すること 〜メルロ=ポンティの制度化概念とガタリの制度分析」(PDF)という論考がたいへん示唆的。

*2:英語だと「アレンジメント arrangement」。 邦訳では「動的編成」等と訳されている。

*3:党派性の分析を拒絶するイデオロギー的アリバイとして「アジャンスマン」が口にされる。 正当性のイデオロギー的確保が連帯の作法になっている。