「作家」の機能

私にとっては、「作家」というのは、「フィクションを作る人」のことではなくて、「世界の引き受け方を提示して実演して見せてくれる人」のこと。 言葉の生産者以外にも、「作家」として学びたい人があり得る。(というか、人物に興味を持つときにはそういうふうに持っている)
生きている時間の多くは、「どうでもいい」という投げやりな態度で満ちている。 そんな中、責任と義務、必然性の感覚について描写し、実演すること。 いわば、「ひきうけて生きる」ことの困難さそのものを引き受けてみること。