(4) 「専用施設の充実と専門性向上のために公的な助成を」(KHJ親の会)

高岡健氏の反論:

 専用施設への助成が、引き出し姉妹*1たちへの助成にならないよう、祈るばかりだ。 それ以前に、親の会は、引きこもりに対する社会的非難と対峙し、引きこもる青年たちの人権と経済的支援――たとえば広井良典(『持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想 (ちくま新書)』)による「人生前半の社会保障」という発想は良いヒントを与えている――の確立を、スローガンに掲げた方がいい。 そうすれば、青年たちは自ら思考し、行動へ踏み出していくことができる。 (p.146)

ここで高岡氏は、「親に求められるのは経済的支援だ」ということを明言している。
斎藤環氏も、「親に可能なのは、経済的な展望を与えることぐらいだ」と提言しているのだが*2、考えてみれば、立場の相違を超えてこうした提言が出てくるのは当然といえる。 ひきこもりの問題は、価値観的立場がどうであれ、けっきょくお金の問題に行き着くのだから。 働かなくても生きていける資産家のケース以外では、いずれお金は尽きる。


事情を理解できない世間には「甘やかし」だとかなんとか好き勝手な放言をされるのだろうが、本人とご家族が焦りの感情に追い詰められ、いたずらにジリ貧になるよりは、具体的なお金の展望を示すことのほうに、現実味のある、積極的な可能性を感じる。 無際限に何もかも与えることは、能力的にも、倫理的にもできないが、有限な資金のなかで、これぐらいなら何とかなりそうだ、でもこれ以上は無理だ、という具体的な提示があれば、やみくもに焦りの中で沈没することもなく、今後について検討できるかもしれない。(たとえ「あきらめる」という方向であっても。)


この経済的展望についての葛藤は、まずは親やほかの家族でするとして、結果的には、ひきこもっている本人にも、議論への参加を認めるべきだろうか。 あるいは、参加させるべきではないだろうか。 経済的な社会参加がまったくできず、家族内の会話すらできない状況では、交渉や相談自体が成り立たないようにも思うが、理念的な枠組みとしては、「悩む権利」を残す必要はないか。 そうでなければ、ひきこもっている本人は、事実としてのみならず、権利の上でも、家族とは対等になれない。――むしろ、対等な交渉権限を奪うことにおいて、その見返りとして、経済的な扶養を得る、と考えるべきだろうか。 ▼権利と義務の関係を、「世間ではどうであるか」だけでなく、ひきこもりの実態に即して、精緻に検討する必要があると思う。


「働く必要は一切ない、生き延びてさえいればいい。お金は家族が何とかする」という選択は、世間一般ではあり得ないと思う。 しかし、ひきこもりに関しては、あくまで選択肢の一つとして、検討されていいと思う。(法的な位置づけなどが、おそらく検討課題)  ▼何度も繰り返すが、高岡氏のように、「運動体がご家族に(全体主義的に)強要する」という態度は、原理的には支持できない。 問題を検討する枠組みとしては、「民主的な権利関係の調整」として考えたい。


「現実にはまったく何もできないのだから、経済的展望を検討するテーブルに『権利上は混ぜてほしい』と望むこと自体が、傲慢で越権的だ。 本人が何もできないからこそ、家族は自分たちだけで経済的工面をする必要に迫られているというのに」 「そもそも、生まれてきさえしなければ」・・・・・云々。
――こうした、理不尽とも見える葛藤が、議論のテーブルにのぼるべきだと思う。 支援論の、議論としてのフレームが、「ひきこもりを認めるのか認めないのか」という規範レベルにとどまるのは、あまりに不毛だ。 ▼どのような立場を採るにせよ、「お金」は絶対に必要なのだから、そこを焦点にして、倫理的・実践的に検討を重ねるべきだと思う。 お互いの思惑の絡んだ交渉の枠組みに、むき出しでお金の話が登場すべきだと思う。


高岡氏の発言からの引用最後の部分にある、「そうすれば、踏み出していくことができる」は余計だ。 家族内での交渉の結果、あるいは十分なお金が確保できた結果、家族の同意のもとで一生閉じこもる人もいるかもしれない*3。――その選択は、一個一個の交渉の結果に託されるべきで、論者や支援者が決めることではない*4
対人支援や、直接的な交渉関係の調整*5以外にできることがあるとすれば、なるだけ多様な選択を可能にするような規範的・制度的な環境整備をすることで、広井良典氏の本を引用した高岡氏の発言は、その意味で有益なのだと思う。




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*1:【引用者注】: 長田百合子杉浦昌子の姉妹のこと

*2:大意、講演会などで

*3:現実的に可能かどうかはわからない。

*4:民事的な交渉に支援者や第三者が関われるとすれば、関係の調整役までのはず(弁護士のように)。 最終的な契約内容までは決められない。

*5:親子間、職場、など