斎藤環:
パーソンズの「病人役割」は私も参照しているが*1、いささか古い。
ひきこもりが社会学に突きつけている問題として、「ひきこもっている人を、公正さの観点からどう位置づけるか」ということがある。 「位置づけなくていい」という野蛮な議論は相手にしていない*2。
新しい役割理論的な位置づけが必要。
「病気でも障害でもないのに働くことができない」という実情は、公共圏・および私人間(しじんかん)の関係においてどう位置づけられるべきか。 何をどのように考えれば、扶養者・本人・社会にとって、公正さを欠いた判断にならないか。
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- 参照:「当事者役割?」
*1:『社会的ひきこもり―終わらない思春期 (PHP新書)』 p.118
*2:たいへん強調されていた。