「子どもの大人を求める心をもてあそぶ「愛着実験」」

このサイトを紹介してくださった方から頂いたメールの文面を、許可を得て転載する。

 単純に図式化して言いますと、虐待家庭に育つことが適切でない愛着形成につながるとすると、一貫して児童養護施設に育つ人の場合には無愛着になってしまう、ということのようです。具体的な現象としては、親しい人とそうでない人の区別がまったくなされない、親しい人でも初対面の人でもまったく同じように信用してしまう、といった形で現れたりするようです。
 もちろん、これは現れ方の一例で、ハッキリしたことはいえません。ただ、このような振舞い方をする理由として、「人を分け隔てしてはいけない」という規範を上げることがあるようです。とすると、以下はあくまで仮説ですが、虐待という歪んだ外的規範の押し付けによって内面を抑圧されてしまうというのと違い、無愛着はそもそも外的規範と内面の区別がない状態、と言うことができるかもしれません。

生きられる規範と対人距離。
「周囲にものすごくたくさんの人間がいるということは、誰もいないのと同じなのだ」という文章を以前ネットで読んだことがある(探したが見つからなかった)。