バックラッシュの火に油を注ぐ「当事者運動」

「当事者であること」は、「他者性を抹消しても構わない」という免罪符ではない。
複数の友人たちと議論になったんだけど*1、あの大峰山の事件が当事者運動として「どうしようもない」として、では「他者のリベラリズム*2」(多様性の確保)に向けて、僕らはどのような理論と手続きを踏襲すればいいのか。▼あの事件は、まったく他人事でない…。



*1:こういう友人たちの存在が僕のバランス感覚にとって非常に重要だ。

*2:内藤朝雄