【7月31日の追記】:
ネット以外にも図書館や本屋で調べを続けているのですが、今の時点で分かった誤りなどを記します。
以下のエントリーをした際には、私自身が「変死体」と「異状死体」の区別を理解できていませんでした*1。
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- 《異状死体》は、医師が経過を把握していなかったケース全てであり、非常に幅広い概念です。 自殺だけでなく、災害や犯罪が明らかな死亡理由となっているケースも含まれます*2。
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- いっぽう《変死体》は、「犯罪に関係していそうな死体」だけ。 殺害されていることが明らかな死体は、「犯罪死体」であって、「変死体」ではありません(cf.『医学書院医学大辞典 第2版』p.121)。 いろんな事情にある異状死体の一部に、変死体があります(変死体は、異状死体に部分集合として含まれる)。
「事情がよく分からないまま亡くなっている遺体数」の経年変動を正確に見ようとするなら、「変死体」と「異状死体」が違う概念であることを理解したうえで、それぞれの値を調べ直さなくてはなりません*3。
読売新聞の記事では、「05年の交通事故関係を除く変死体数は14万8475体で全死者の14%にあたる」とありますが、「全死者の14%にあたる」のは、異状死体であって、変死体ではないはずです。 全死者の14%に犯罪が疑われるというのはいくらなんでも変ですし、『南山堂医学大辞典』(p.108)には、死亡総数の15%が異状死体とあります。
概念枠自体が非常にややこしいことになっているので、この件はまた別にエントリーするつもりです。
自殺の増加より、異状死の増加がはるかに激しい
「昭和49年警察白書」――このリンク先のページを、《変死体数》という単語でページ内検索してください。 当時の資料が出てきます。
昭和44年(1969年)の変死体数は、4万5278体。 平成20年(2008年)は16万1838体ですから(参照)、単純計算で3倍以上に増えています。
自殺率(人口10万人当たりの自殺数)が 《自殺者数÷人口総数×10万》 であることから、「異状死率(人口10万人あたりの異状死数)」を大まかに出してみると、
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- 昭和44年(1969年)の変死体数4万5278 ÷ 人口総数1億0253万6000 ×10万 ≒ 44.2
- 平成20年(2008年)の変死体数16万1838 ÷ 人口総数1億2769万2000 ×10万 ≒ 126.7
となって、異状死の出現率が約2.9倍に増えています。 【追記: 8月2日のエントリー「変死体 と 異状死体 メモ」を参照してください。「変死体数」と「異状死体数」の扱いが、資料によって違うようです。】
この間の「自殺率の推移」(PDF)を見ると、 「14.5」(昭和44年) ⇒ 「24.4」(平成19年) と、約1.7倍ていどにしか増えていません。
異状死のほうがはるかに多く増えた理由は、学問的には自明なのでしょうか。
自殺者の総数が、「変死体のうちの自殺者数」より少ない
昭和48年の「変死体の死因別構成比」(以下の円グラフ)を見ていて、妙なことに気づきました。
この年の変死体 5万1186体 のうち、38.3% が自殺というのですから、 「5万1186体 × 38.3% ≒ 1万9604体」 が、自殺統計にくり込まれているはずです。
ところが厚労省の自殺統計によると、昭和48年の自殺者総数は 1万8859人。――自殺者総数のほうが、「変死体のうちの自殺者数」より少なくなっています。 これは・・・?
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- 「自殺者」と「異状死体」は別枠になっていて、いちど異状死体と分類された後に自殺と判明したケースは、自殺統計に入れないのでしょうか。 つまり、「自殺統計」と「異状死体のうちの自殺事例」を合計した、「1万8859 + 1万9604 = 3万8463」が、当時のじっさいの自殺者数?
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- それとも、まずは明らかな自殺のケースも含めて「異状死体の総数」とし、あとで自殺と判定されたものだけを自殺者数として発表するのでしょうか。 しかしそれでも、「自殺者総数」が、「異状死のうちの自殺者数」より745人も少ない理由がわかりません。 変死体5万1186体のうち、自殺者数を統計どおり「1万8859体」で計算すると、構成比は36・8%になり、誤差としては大きすぎるように思います。 ▼何らかの理由(世間体や保険金の都合)によって、「検死段階では自殺とカウントされたが、書類作成段階で別の死因として書き込まれた」ケースが多いのでしょうか。
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- 【7月31日の追記】: chintaro3さんが、関連情報をくださっています。 警察庁の発表では「日本における外国人」を含み、厚労省発表では「日本における日本人」のみであることが大きそうです。(気付いていませんでした。ご指摘ありがとうございます。)
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最近の日本では、異状死体すべてのうち、何%が「自殺」と判定されているのでしょうか。 解剖されるのは、9%だけとのことですが。
WHO(世界保健機関)では、「変死体の半分は自殺」と推計しているようで(参照)*4、もしこの推計方法に合理的根拠があるなら、日本の自殺者数は、公表されている数値よりはるかに多いはずです。 平成20年(2008年)で考えてみると、
- 【「自殺者」と「異状死体」が完全に別枠になっている場合】:
- 公表された自殺者数3万2249人 + (異状死体数16万1838体×50%) =11万3168人
- 【「自殺者」が、「異状死体」の集合に含まれる場合】:
- 異状死体数16万1838体 ×50% =8万919人
後者の数字をもとに、平成20年(2008年)の自殺率を出してみると、
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- 自殺者数8万919 ÷ 人口総数1億2769万2000 ×10万 ≒ 63.4
これは、自殺率TOPのリトアニア(38.6)を抜き去り、ダントツ1位の数字です。
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- 【7月31日の追記】: こちらには、「異状死の18.6%が自殺」というデータがあり、これをもとに計算すると、 「16万1838体 ×18.6% ≒ 3万0102」 となって、公表されている自殺者数に近づきます。 しかし、そもそも死因特定のための解剖等がわずかしか為されていないため、不信感は残ります。
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この話題は、ネット内外ですでに繰り返し扱われているようですが(参照)、ニュースでの発表は相変らずです。 訓練を積んだわけでもない私がすぐに気付く程度のことなので、専門家のあいだではとっくに問題になっているはずですが・・・、なぜ放置されているのでしょう。
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- ※本エントリーの内容は、講演や授業の機会にもご紹介できればと思っています。 私の理解に間違いがあるなど、お気づきの点がございましたら、ぜひご教示いただければ幸いです。
*1:ネット上の言説や新聞記事を見るかぎり、この混乱自体が多くの方に共有されています。
*2:「診療行為に関連した予期しない死亡」を異状死に含めるか否かで、法医学会と外科関連学会協議会のあいだに意見の相違がある(参照)。
*3:とはいえ、死因究明のための解剖は、日本では死亡総数の2%程度しかなされていません(『死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)』p.5)。 海堂尊氏がオートプシー・イメージング(Autopsy Imaging、死亡時画像病理診断)の普及運動をされているのはこのため。
*4:なぜ一律に「半分」なのでしょう。 おそらくは、過去の統計調査を根拠にした算出法なのだと思いますが・・・。