自分の研究が理解されないことについて(望月新一氏の文章より)

画期的な論文を書き上げているはずなのに、内容を理解できる研究者が(書いた本人以外には)世界に一人もいないために、「論文が正しいのかどうか」さえ分からないまま時間がたってしまっている。そういう状況だそうです。


記事に関連して、望月新一氏の個人HPから、宇宙際タイヒミューラー理論の検証:進捗状況の報告(2014年12月現在)」(PDF)という月氏自身による文章を見つけました。そこに、自分の研究が理解されないことについて非常に印象的なことが書かれてあったので、引用してみます。*1


 どなたか著名な研究者が理論の成否について決定的な発表を行なう、というような展開を一部の数学者は期待しているようですが、このような展開がいつまで経っても実現しない可能性が非常に高いと考えております。その理由は次の通りです: 一定以上の研究業績のある研究者の場合、論文を読むとき、

  • 学生や初心者のように、「一から学習する」ような姿勢で時間を掛けて基礎から順番に勉強していくといったような読み方を極力避け、寧ろこれまで蓄えてきた専門知識や深い理解を適用できるように、自分にとって既に「消化済み」、「理解済み」な様々なテーマのうち、どれに該当する論法の論文なのか、論文の主たる用語や定理を素早く「検索」することによって論文を効率よく「消化」しようとするのです。

 別の言い方をすれば、これは山下剛氏が注意した「つまみ食い」というアプローチに当たります。一方、IUTeich〔Inter-universal Teichmüller theory, 宇宙際(うちゅうさい)タイヒミューラー理論〕の場合、「絶対遠アーベル幾何」や「エタール・テータ関数の剛性性質」、「Hodge-Arakelov 理論」といったテーマについて既に深い理解とそれなりの研究業績を有する研究者なら、そのような「つまみ食い」だけで IUTeich をかなり本格的に理解することが可能なのかもしれませんが、


 幸か不幸かは別として、これらのテーマに精通している研究者は(私自身を除けば)この世に存在しないのが実情です。強いて挙げるとすれば、最も近い「流儀」の遠アーベル幾何の研究で「一定以上」の研究業績のある研究者は、〔…〕Mohamed Saïdi氏と星裕一郎氏、それから〔…〕玉川安騎男氏(京都大学数理解析研究所・教授)ということになります。(ただし、玉川氏の場合、他の仕事により多忙を極めているため、IUTeich の論文を本格的に勉強することは当分現実的ではないと思われます。)


つまり議論を要約すると、

  • 既に IUTeich の検証活動に関わっている数名の研究者を除けば、世界の全ての数論幾何の研究者(=連続論文が公開された時点(2012年8月)での山下氏も含めて!)は IUTeich の周辺にある数学に関しては「全くの素人」であり、これまでの研究業績の上に成り立っている「深い理解」を活用して IUTeich の成否に関する決定的な(=「数学的に意味のある」)判定を下す資格が本質的にありません。

 すると、「次のステップは何か?」という問い掛けに戻りますが、このような状況ですと、山下氏のように

  • 元々は素人でも「一から丁寧に勉強する」ことによって理論に関する深い理解に到達する研究者を、(場合によって相当長い年月を掛けて)少しずつ育成して増やしていく、つまり理論の普及を促進するための努力を、長期にわたり継続していく

 といったような方針しか思い浮かびません。一方、「一から丁寧に勉強する」ことに対して、特に海外の研究者を中心に、相当強烈な否定的な見解や拒絶反応が発生しているようです。



自分の研究を理解できる人が一人もいないので、評価されようがない。
ならば、自分の研究を評価できる人を育て、環境づくりから自分でやるしかない。(逆にいうと、既存の文脈内部で大きな業績を残した経歴がなければ、そもそも誰も付いてこないだろう)


私は数学そのものは全く分かりませんし、ジャンルも違うのですが、
大きな刺激を頂きました。



*1:太字や赤字などの強調、文中リンク、読みやすくするための微妙な改変等は、すべて引用者によるものです。