あるミーティングで、次のようなことを確認した。

  • (1)不登校や引きこもりについては、最低でもこの25年*1について記憶喪失になった取り組みや議論は、話にならない。
  • (2)臨床/労働/つながり/芸術――こうしたテーマは、そもそも同時にしか扱えない。分けて論じることが前提の状況は、すでに大事な決断を終えた後のすがた。私たちは気づかぬうちに、決断を終えた後のスタイルを反復している。「専門性」の欺瞞。




*1:1988年9月16日の『朝日新聞』夕刊に、稲村博氏のインタビューが掲載された、それ以後の言説や試行錯誤の顛末を知っているかどうか。――もちろんこのインタビューそのものが、当時の文脈から出てきている。