ひきこもる人の自殺率

斎藤環氏は、ひきこもりと自殺について、以前から次のように述べています(参照)。

 抑うつ感とみえたものは、実は空虚感であり、自己愛は保たれている。それゆえ純粋なひきこもり事例が自殺に至ることはほとんどない。

ところが、「KHJ親の会」に長くかかわった方から、「ひきこもる人の自殺率は一般のほぼ10倍」という話をうかがいました。


私が個人的に存じ上げる範囲内でも、また親の会にお邪魔した際の雑談からも、自殺事例があまりに多いので、斎藤氏の談話に疑念を持っていたのですが、「10倍」という数字をいわれたことに驚き、データ的な根拠について質問しました。
大意次のようなお返事を頂きましたので、ご本人の許可を得て、発言趣旨を引用します*1

 統計的資料はありません。 自死は隠しますから、あくまでも推測です。

  • (1)親御さんから、「心臓麻痺で亡くなりました。お世話になりました」との連絡の例があった。お悔みに行くべきかを議論した記憶がある。
  • (2)大きめの親の会で、約120人の登録在籍中、年間2名の自死事例があった。
  • (3)もう一つ別の大手の会の理事長から、「約1名/年」との話を、最近聞いた。
  • (4)KHJに登録している約3000家族(全国)*2において、自死は「約10件/年」との感触。 これは元KHJ代表・奥山雅久氏(故人)が、本部入手のうわさ情報をもとに語っていた。 3000家族で年に10件というと、10÷30000.33%

 日本の自殺率は 「3万人/1億2千5百万人=0.024%」 ですから(参照)、
 10倍の0.2%「1人/500人」は、あり得る数字に感じます。
 0.2%×24万人(狭義のひきこもり)*3 「480人/年」 となります。

引用はここまで。


「統計的資料はありません」とのことですが、確かに自殺は皆が隠しますので*4、ここで出していただいた(1)〜(4)のエピソードだけでも、実務的に可能な範囲での、きわめて重要な証言に思います。

これは、親の会に参加していたご家族内での数字なので、そうした場所にアクセスしない数十万件については、どうなのか。これはまさに、調べようがないと思います*5。 以下、各項目についての個人的印象です。

    • (1)「心臓麻痺で」というのが、本当の理由なのかどうか。実際は自殺だったが、そうは言いたくないので・・・・かもしれない、ということですね。
    • (2)「120人中、年間2名の自殺者」というなら、単純計算で 1.6% ほどになります。一般の自殺率はご指摘の通り 0.024% なので、ここだけを見れば、自殺率は一般の70倍になります。
    • (3)こちらは母数が分かりませんが、「大きめの親の会ごとに、年間一人の自殺者」と考えると、やはり凄まじい数字になります。
    • (4)「3000家族で年間に10人の自殺者」となると、まさに一般の10倍程度の値になります。



「自殺率は一般の10倍」という数字だけを出すより、
以上4項目のナマ証言をそのまま提示することに、意義があると感じました。


【つづき:《「ひきこもる人の自殺」をめぐる解釈》】




*1:読みやすくするために、一部表現を改変し、それをご本人にチェックいただきました。あらためて御礼申し上げます>S様。

*2:KHJの会員数は「8000家族」という紹介もあり(参照)、私もそういう引用をしたことがあるのですが(参照)、個人会員の廃止等、さまざまなデータを勘案して正確に言うと、3000くらいになるようです(8000というのは会報の印刷部数のようで、誇大かもしれません)。 もちろんこれは、今回証言を下さった方のご意見です。

*3:参照:「若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査)」(平成22年7月内閣府)。 とくに こちら(PDF) に、「狭義のひきこもり23.6万人」とある。

*4:状況の細部だけでなく、「自殺した」という事実そのものを、多くの御遺族が隠そうとなさいます。

*5:ひきこもりや自殺をめぐる規範的状況の変化や、調査方法の開発などによって、さらに正確な調査を期待できるでしょうか。