精神医学

精神科医に最も影響力のある診断マニュアルDSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、精神障害の診断と統計の手引き)*1は、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)が定めている。 現在は第四版の修正版(DSM-IV-TR)が最新だが、2012年5月に公表予定の改訂版『DSM-V』では、大規模かつ根本的な改訂が予定されている。
以下、『DSM-V研究行動計画』(非常に大きなPDFファイルによる原文) より(強調は引用者)。

 激論の的となるのは、 疾患 disease、 疾病 illness、 障碍 disorder が生物医学(biomedical)の用語なのか、社会政治学(socio-political)の用語なのかである。 後者ならば必然的に価値判断が入ってくる。 必ずとはいわないが、通常、医師というものは、疾病等々を生物医学の用語と思っており、哲学者ないし社会科学者はたいてい社会政治学の用語だと主張している。 (略) 過去には疾病とは単純に「医者の治療するもの」とされていたが、この能天気な見解の支持者はさすがにいない。 社会政治学的定義で現在通用している最も単純な定義とは「ある状態を疾患とみなすにはそれに「好ましくないもの」という合意があり」(明言的価値判断)、それと並んで「医師(一般に健康問題専門家)とその技術がほかの何人や何物(たとえば犯罪とする刑事司法体系や罪悪とする教会あるいは社会問題とする社会事業)よりも有効に対処できるようであれば、疾患と見なされる」というものである。 (pp.18-9、本文)

 一つの革新は「関係障碍」の登場である。それは、結婚暴力、児童虐待を代表とする二人(以上)の人間を包含する障碍の採用である。これには異議が出ていない。 ついに疾病診断は個人を限界とするものでなくなりそうである。 ジェンダー文化とエスニシティへの考慮は男性本位で WASP (White Anglo-Saxon Protestant)を中核とする国から遠ざかってゆく米国の現状と将来を表わす。 (p.342、中井久夫による訳者あとがき)

    • しかしいまだ、主体の構成そのものを、時間的なプロセスとして、臨床的に話題にできていないように見える。 ここをやらないと、「精神医学を勉強すればするほどおかしくなっていく」という再帰的な事情に対応できない(参照)。




*1:ICD-10』は、世界保健機構(WHO)の設定した、国際疾病分類(International Classification of Diseases)の第10版。 精神疾患だけでなく、人のあらゆる疾病に関する分類で、その第五章(F00-F99)が「精神および行動の障害」。 日本では、行政書類の作成時に ICD 分類のコードを書く必要が生じる。