井出草平(id:iDES)氏による解説

本田氏のblogコメント欄より。

「社会的ひきこもり」(Social withdrawal)とは、精神障害の診断マニュアルDSMに含まれる言葉ではありますが、統合失調症の一症状という理解は誤りです。DSMでは「社会的ひきこもり」はさまざまな精神障害に見られる症状として取り扱われていますので、例えばPTSDなどの項にもSocial withdrawalは症状として登場しています。また「ひきこもり」は斎藤環によって翻訳・輸入されたものだという理解も誤りです。斎藤環が『社会的ひきこもり』を著したのは1998年。この本の中でDSMに含まれる語を翻訳、使用するということが述べられています。しかし、1980年に既に「ひきこもり」という言葉は活字化されており、90年代初めには、厚生省(当時)によって「不登校・ひきこもり対策事業」というものが策定されています斎藤環が翻訳・輸入するかなり以前から、この言葉は使用され、実態を伴った現象として認識されていたと言えます。また「ひきこもり」の概念が実態を伴っていないという指摘をなされている方がおられますが、これは完全な誤りです。「ニート」と「ひきこもり」という言葉は誤用されることが多いという事では共通していますが、実態を伴っているかという点において異なっていると思います。「ひきこもり」は統計上の概念操作で生まれたものではなく、実態から問題化されてきた問題であり、「ニート」とは全く異なった出自を持っています。また、治療・支援の面でも、厚生労働省によってひきこもりガイドラインが正式に策定されていますし、近年では全国規模で体勢が格段に整備されてきています。既に専門知が確立された状況ですので、一般の人が「ひきこもり」という言葉をいかに使おうが、治療・支援の場への影響がさほどあるようには思えません。「ひきこもり」という言葉に功罪はありましょうが、隠蔽されてきた多くの当事者がこの言葉が生まれたことによって可視化され、救われてきたことは何よりも価値がある事ではないかと思います。

簡にして要を得たきわめて的確な整理。*1
驚いたのは、「初出は1980年」というところ。 原本は持っていないが、手持ちの雑誌論文で確認したところ、次のような記述を見つけた*2

 日本でひきこもりという言葉は、一九八〇年に岡堂哲雄の「ひきこもり現象と家族心理」(こころと社会23・3 日本精神衛生会)によって初めて用いられた経緯がある。




*1:「一般の人が引きこもりという言葉をいかに使うか」については、たいへん入り組んだ問題であるため、稿を改めたい。

*2:現代のエスプリ (No.403) (現代のエスプリ no. 403)』、武藤清栄「ひきこもり概念の変遷とその心理」、p.36