「甘えている」

 ひきこもりへの非難として、「甘えている」「親に食わせてもらって」「自分だって状況が許せばひきこもる」などがある。多くの人が抱えている意見だと思う。
 不思議なのは、こうした罵倒を寄せる多くの人は、「本当の大金持ち」に対しては非常に寛大だということだ。少なくとも引きこもりの人に対するようには、説教したりはしない。大学生でベンツを乗り回していようが、その学生が宝飾品だけで数千万円もっていようが、どんなに楽しそうに毎日を過ごしていようが、「・・・・」と沈黙でやりすごす。なのになぜか引きこもりに対しては、「甘えるな、仕事しろ」。
 どうも、やはり「弱いものイジメ」なのだ。苦しんでいる人間の嫉妬心は、本当に恵まれた雲の上の人間にはあまり向かわない。自分のそばにいる、自分よりちょっとだけ恵まれているように見える人間に向かうのだ。
 自分が働かなければ食っていけない状況にいる人に比べて、引きこもりの人は恵まれていないか? 恵まれている、きっと。でもそれを言うなら、そもそも働いても食っていけないような状態にある人はどうなる? みんな、自分が他人から嫉妬される可能性は忘れて、自分よりちょっと楽そうに見える人に説教する。――要するに相対的な問題なのだ、「恵まれている」は。
 自分の条件が許す範囲で生きる。お互い様だ。それしかできない。
 すでに、ひきこもり状態から餓死してしまった人も出た。そんな人に「甘えている」と言ってどうする? むなしい話だ。
 そもそも、どうしてみんな、「お前も苦しめ」というようなことしか言わないのだろう。「ちょっとでも住みやすくなるように、一緒に良くしていこう」と、どうして言えないのだろう。
 ひきこもりは、黙っていても本人の可能性と未来を潰してゆく。言われなくとも、どんどん追い詰められてゆくのだ。